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馬鹿だと思う。心底考えのない馬鹿な大人だと思う。
息も上がってそれでも琥珀くんを探し走り続ける。きっともう既に奈落に報告されているのだろう、次、奈落に会うのが怖い。それでもどうしても琥珀くんの事を止めたくて足を動かす。
琥珀くんを追って、犬夜叉たちと遭遇したらどうしよう。なんとかして遭遇する前に彼を見つけて阻止しなければ。

私はもう犬夜叉とは敵なのだ、敵になってしまったのだ。
不意に脳裏をよぎる感情に視界が揺れる。
それを振り払うように無我夢中で森を走る足を更に速める。どれほど走ったかは分からないが暫くすると目の前に現れたのは城に居たときとは違いスッキリした目をした琥珀くんが現れた。


「あなたは…?」


城で会ったはずなのだが神楽曰く今琥珀くんは暗示をかけられているらしく記憶がないのだろう。彼は頭に疑問符を散りばめ私を見つめていた。


「あの、えっと、」

「?」

「こ、琥珀くん、私はなまえ。なまえって言うの。」

「どうして俺の名前を…」

「そんな場合じゃないの、琥珀くん今すぐ逃げよう!」


ズンズン琥珀くんの前まで歩み寄り彼の腕を掴む。
驚いた彼が後ずさり私が取っていった間合いをどんどん広げ始め気づけばある家の前までやって来てしまった。


「おや琥珀、どうしたんだい?その方は…?」


背後から声をかけられ振り向くとお爺さんがキョトンとした顔でこちらを見ていた。家の中からはお婆さんが顔をのぞかせ何事かしら?と首を傾げている。


「あ、えっと、みょうじなまえです」

「おれの事知ってるみたいなんだ」

「そうかいそうかい、良かったなあ…」

「おめえさんも良かったら飯食うか?」


ちょうど昼時だったためか鍋を囲みおばあさんが汁物を作っていた最中だったらしい。家の中に招き入れられお椀によそわれていくのを見て、ずっと走りっぱなしだった私のお腹が小さく鳴いた。
恥ずかしさに顔に熱が集まるのを感じてしまう。
琥珀くんに促され囲炉裏を囲みよそわれた昼食を一口、口に含むと久々に暖かい気持ちになれた気がした。


「どうした?」

「いえ、久しぶりに暖かいものが食べれたもので…」

「そうかい、おめえさんも辛い思いしてたんだな。」

「なまえっつったか?おまえも良けりゃここにいろ、遠慮はいらねえよ」


人手はあった方が生活はしやすい、そう笑ってお爺さんは背中をバシバシ叩いてきた。この人めっちゃ力強い、さすが農作業してる人だなあ。

食べ終わった食器をお婆さんがいる洗い場に持っていき、そのままお婆さんと食器洗いを交代してお婆さんが囲炉裏を囲む琥珀くんとお爺さんの輪に入っていくのを見届けてから手を動かし始める。
木で出来た大きな桶の中で水音をたてて器の汚れを落としていくと不意に現代での生活を思い出した。
所謂社畜で毎日必死に生きてきた、ここではある意味必死にならざるを得ないけれど。久々の休日にゆっくりとしようと思っていたのに、ため息をつきたくはないがついてしまう。お父さんやお母さんは心配しているだろうか、会社の人や友人たちも私を探しているだろうか。
現代と戦国でたくさんの人たちに迷惑をかけて私は一体何をしているのだろう。


「あれ、視界が…?」


グラリと目眩が襲う。ぐっと目を瞑るとジワリジワリと暗闇の中から何かが見え始めたかと思うと声が、


「待って、なんで、そんな…」


脳裏を過ぎるその映像と声に冷や汗がブワリと溢れ手が小さく震える。
不意に感じた視線に振り向くとそこには何も色を写していない琥珀くんが無表情で立っていた。


「こ、琥珀くん…」

「……」

「どうしたの?ねえ、琥珀く、」


恐る恐る彼に近寄り伺うが何も帰ってこない事にもしかして奈落が他にもなにか琥珀くんにしたのかと思ったその時、琥珀くんの手が私の首を捉えた。力が入っている訳ではない為全く苦しくもないけれど無の状態の冷たい視線にただただ体が動かない。なにかを言いたそうに彼の口が開くが再び閉じて真一文字に結び開くことはなかった。
ジッと目を見つめていると瞳が揺れた。それを見てようやく私も体を動かせる事に気付きゆっくりと琥珀くんの頬に手を添える。


「琥珀くん、どうしたの?こわいの?」

「…わからない、」

「何か思い出した?」

「……なまえさんは、おれのこと知ってる?」

「名前しか知らないよ」

「ごめん、」


徐々に光が戻り始める琥珀くんの目が優しく、悲しく笑い私の首に掛けていた手をゆっくり外しそのまま私の肩に頭を置いた。


「大丈夫、大丈夫だよ。」


自分自身にも言い聞かせるように何度も何度もそう呟き琥珀くんは無表情に目を瞑り静かに息をした。