#45
騒がしかったカオスな宴会も漸くお開きになり、村の人たちのイビキがそこら中から聞こえる中、すっかり酔いの覚めた私はふと思い出した。
『そういえば、なんで谷垣くん達はアシリパちゃんを探していたの?』
湿原でインカラマッさんとチカパシくんと会った時、アシリパちゃんを探しにきたと言っていた。
「あぁ、そのことだが…なまえさんありがとう、飲まされ過ぎて大切な話を忘れるところだった」
そう言って谷垣くんはアシリパちゃんに体をむけ「俺はフチのことを伝えに小樽からお前を追ってきたんだ」と言った。谷垣くんの話の内容は、フチさんが「アシリパちゃんと二度と会えなくなる夢を見た」と言う物だった。
けして良くはない夢だけど、他人に話した夢の内容は正夢にはならないんじゃ?と私は安易な考えだった。
尾形さんも「たかが夢だろ?」と言って手紙でも送ってやれとアシリパちゃんに言った。
でもアシリパちゃんは難しい表情で俯いたままだ。彼女は正座した膝の上でギュッと拳を握りしめていた。
『アシリパちゃん、大丈夫?』
「!…みょうじ、お前の世界では夢とはどんな物だった?」
「私の世界では、嫌な夢は人に言えば正夢にならないとかそう言う話は聞いたことあるよ」
そういうとアシリパちゃんは「そうか」と言ってゆっくり話し始めた。
「アイヌでは夢というものはカムイが私たちに何かを伝えるために見せるものと信じられてきた。私はそんなの作り話だと信じていないが、フチは古い考えのアイヌだから…」
フチさんは昔ある夢を見て、その夢の内容が自分の娘…アシリパちゃんのお母さんがある空間に寝ていてその周りをたくさんの熊が囲んでいて送っているという夢だったそう。その後すぐにアシリパちゃんのお母さんは病気で亡くなられたということもあり、余計に夢占いを信じてるそうだ。
『フチさん…大丈夫かな』
「…アシリパさん、一度戻ろうか?」
難しい顔をしていたアシリパちゃんにそう言ったのは杉元くんで「一度顔を見せれば二度と会えないという予言は無効だろ」と続けた。
『私もそれは賛成。そしたらフチさん安心するよね?』
網走監獄に向かうのも勿論重要。だけど少し引き返してフチさんを安心させてあげたいと思った。『我慢しなくていいんだよ?』とアシリパちゃんの頭を撫でると「みょうじ…」と彼女の綺麗な瞳が少し揺れた気がした。
「……いや、私にはどうしても知りたいことがある。私の未来のために今知るべきことを知る。そのためにはこんな所で引き返すわけにはいかない」
『アシリパちゃん…』
「みょうじやお前達がフチのことを気にしてくれるのは嬉しい。でも私は前に進むんだ」
アシリパちゃんは決心した表情でそう言った。
「それに…」
「私に何かあった場合、杉元やみょうじが助けてくれるだろ?」と綺麗に笑うアシリパちゃんに胸がきゅううっと締め付けられ『勿論だよ!!!』とその小さな体をギュッと抱きしめた。
その夜は尾形さんの手を振り切ってアシリパちゃんと一緒に寝た。杉元くんが「ププーッ!なまえさんに振られてやんの!ダッセェ!」と揶揄ったもんだから喧嘩のゴングが鳴ったのはまた別の話だ。
.
.
.
日が変わりコタンを後にしようと別れを告げた時、キラウシさんが昨日獲ったヒグマでオハウを作ったから出発前に食べていくと良いと振る舞ってくれようとしたけど、姉畑支遁に穢されたヒグマだということをふと思い出し、時間がないからとお断りした。ヒグマにはなんの罪もないのだけど、うん。
『この町に白石さん達がいるかもなんだね』
そしてやって来たのが釧路町という漁村の町。谷垣くんを手分けして探したときにもし逸れたらこの街で待ち合わせをする約束をしていた。
『白石さん、インカラマッさんに迷惑かけてないかな?』
「俺のことそんなに心配だったの?なまえちゃん」
『そりゃあ白石さんだし…』と続けようとした所でフリーズ。
振り向くとそこにはゼロ距離に白石さんの顔があり『!!?いやぁあ!!!』と思わずぶん殴ってしまった。白石さんは「ヘブッ」と言って地面に沈んだ。
『白石さん!!?ごめんなさい!!……自業自得だけど』
「いやよくやったなまえ、お前がやらなかったら俺がやっていた」
「なまえちゃんも尾形ちゃんもひどいよ!!」
「あ?」
「くぅーん」
そこにはインカラマッさんとチカパシくんもいて、インカラマッさんは谷垣くんを見るなりパッと表情を明るくさせて彼に走り寄った。
「谷垣ニシパ!!怪我はありませんか?ずっと心配してました…」
「あぁ、俺は大丈夫だ」
インカラマッさんはホッと安心した表情になり「よかった」と笑みを浮かべた。
その2人を包む空気がなんとも甘く、杉元くんと白石さんは「え?おえ?」「あれあれ?どういうことぉ?」と谷垣くんを揶揄っている。アシリパちゃんはなんとも言えない変顔で「お前ら結婚しろ!」とまで言っていた。
『谷垣くん、隅に置けないねぇ』
「なまえさんまで………いやアンタらもまぁまぁだろ、いつの間にそういう関係になったんだ」
『ファッ?!』
谷垣くんは最初こそ困ったように頭をかいていたけど、スンと素の表情になりそう言った。
「そういえば昨日みょうじと尾形は外で何をしていたんだ?」
『「えっ!?」』
アシリパちゃんの言葉に私と何故か杉元くんも真っ赤になる。そう言えば、昨日杉元くんに見られたんだった。穴があったら入りたい。もう本当にしばらくお酒は飲まない。
尾形さんはというと特に気にすることもなく無表情のまま前髪を上に撫でつけている。
「みょうじと尾形もだ!結婚しろ!!」
羞恥で真っ赤になりながら俯いていると、アシリパちゃんは元の美少女が思い出せないほどヒドイ変顔をしながら私たちを指さした。
『け、結婚って話が飛び過ぎだよ!アシリパちゃん!!』
「なぜだ!尾形もみょうじなら問題ないだろ?」
曇りなき眼差しで私たちを見上げるアシリパちゃんに尾形さんは「くだらねぇ」とだけ言って髪を掻き上げた。
『ッ……そう、だよ!ていうか谷垣くん本当に隅に置けないなぁ!インカラマッさん美人だもんね!!』
もちろん尾形さんの事は好き。幸せにしたいとも思うけど、私も結婚とかそこまで考えていなかったし、そもそも私はこの時代、この世界の人間じゃない。帰り方はわからないけど、逆にいつ居なくなってもおかしくない。
今はよくても、いずれ時代が良くなれば尾形さんだって普通に家庭を持ちたいと思う時が来るかもしれない。そんな時私みたいな存在が尾形さんを縛ってて良いのかとも思う。
私も別に結婚に夢を持っているわけでもないし、私の両親も現に離婚しているし憧れてはいない。
でも…、「くだらねぇ」はちょっと効いたなぁ。
頭を振って無理矢理に話を逸らせば「照れるな照れるな」と揶揄されたけど、尾形さんの顔をマトモに見れそうもない今は揶揄ってくれたほうが気が楽だった。
辛気臭い雰囲気は嫌いだ。こういう時こそ笑え!私はヒーローなんだから!
尾形さんがずっとこっちを見ていたなんて気付きもせずに、私は笑った。
.