#44
「シサムの旦那たち!酒を飲んで仲直りしよう!」
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姉畑支遁の一件のあと、杉元くんは「姉畑先生を埋葬する」と言って彼の刺青人皮を手に入れた。流石にアイヌの人達の前で皮を剥ぐわけにもいかないし、私も出来ればあまり見たくはない。
杉元くんが姉畑支遁を埋葬している間、私たちを追ってきたアイヌの人、キラウシさんは力尽きたヒグマの解体をしていた。どうやらアシリパちゃんのコタンとは解体の仕方が違うようで、彼女は興味津々にキラウシさんの作業を見ていた。
「コタンが近いから解体したコイツを持って帰って送る儀式をしよう」
『…アシリパちゃん送る儀式って何?』
疑問に思ったけどコタンから逃げ出したこともありキラウシさんに聞くのは少し躊躇いがありアシリパちゃんにコソッと聞いてみた。
「大人のヒグマを狩りで獲った時にするカムイホプニレという儀式だ。カムイホプニレは神の出発という意味がある」
『狩った後にただ単に食べるだけじゃなくて、儀式をしてさらに感謝するってことか』
アシリパちゃんが教えてくれた「ヒンナ」もそうだけど、こっちの世界に来てからとくに食に関してはありがたいと思うことが多い。すぐそばにコンビニがあるわけでもなく、生きるためには動物の命をいただくわけで、そのありがたさを改めて知ることができた。
その後杉元くんを待ってから皆でコタンに戻り、目の当たりにしたその儀式は思った以上に盛大だった。カムイホプニレの他に、谷垣くんが閉じ込められていた子熊の檻で育てたヒグマを送る儀式はイオマンテと呼ぶらしい。アイヌの文化って知れば知るほど奥深い。
儀式の後、キラウシさんは谷垣くんを村長の元に連れて行き、彼は逆に被害者で誤解だったと説明をし彼の濡れ衣は無事に晴らすことができた。
そして仲直りの証に盛大な飲み会が始まった。
『んー!久々のお酒!!美味しい!』
振る舞われたお酒はトノトというものでこっちの方は馬鈴薯や麦で作るものが多いそうだ。
お椀に注がれたトノトをぐいっと煽ると周りから「おぉぉ!」と歓声と拍手が上がる。
杉元くんはコタンにきた時に殴り合った男性に気に入られたようで肩を抱かれ娘さんを嫁に勧められ、キラウシさんは谷垣くんを「子熊ちゃん」と呼び疑ったことを詫びながら酒を勧めていた。後から聞いた話、谷垣くんがマタギに戻る決心をしたきっかけの人をキラウシさんも知っており話が合ったそうだ。
そして私は、
「いい飲みっぷりだなぁねぇちゃん!ほれ飲め飲め!」
「こんな別嬪なねぇちゃんと飲めるなんて今日はいい日だ!」
いつの間にか囲まれていて、お世辞だとしても容姿を褒められテンションも上がり『かんぱ〜い!!』と酒を注いでくれた男性をはじめ、周りの人たちのお椀に自分のお椀をガツンとぶつけ気分良く酒を煽った。横に座っていた男性に肩を抱かれたが楽しくてそのまま再び乾杯をする。いや〜今夜は最高。
「なぁなまえさん、ちょっと飲みすぎじゃないか?」
そう言って私のそばに座ったのは杉元くん。あー顔が良い。この顔を拝みながら飲めるなんて最高。杉元くんの気遣いをスルーしてさらに注がれた酒を煽る私は完全に酔っ払っていた。
『んふふ〜、杉元くんは優しいしかっこいいねぇ』
「えっ、ちょ…なまえさん!?」
お椀をそばに置き、肩を抱いていた男性の腕から逃れると、杉元くんの腕に自分の腕を絡め彼をグイッと引き寄せる。私を囲んでいた人たちも完全に酔っていて「いいぞー!もっとヤレねぇちゃん!」、「隅に置けねぇな杉元ニシパ!」と野次を飛ばしている。
杉元くんはアワアワしながら私とどこか別の場所を何度も交互に見ながら慌てている。
「なまえさん!!たのむ!!俺はまだ死ねないんだよ!!離してくれ!!」
『杉元くん〜?慌ててかわいいねぇ〜?なんで死んじゃうの?どこかいたいの?ちゅーして治してあげようか?』
「ヒェッ」
腕に絡みつきながら青ざめる杉元くんの顔を見上げたところでガシリと頭を掴まれた。
「おい阿婆擦れ」
『あ〜おがたさんだ〜!』
杉元くんに絡み頭を掴まれたまま後ろに顔を向けるとそこには尾形さんがいた。
尾形さんはあまり飲んでいないようで顔色は変わらない、けどめちゃくちゃ笑顔だった。
その表情を見て杉元くんは小さく悲鳴を上げ、酔っ払った私は杉元くんの腕を離し今度は尾形さんに抱きついた。
「!?」
尾形さんもそれは予想外だったらしくびくりと固まっている。んふふ〜かわいい。杉元くんは漸く解放されたと言わんばかりに「アシリパさ〜ん」と、アシリパちゃんのところまで逃げてしまった。「みょうじはだらしない大人だ」というアシリパちゃんの言葉は聞こえないフリ。
そう言えば外套を着てない尾形さんは久々に見たなぁ、改めて軍服姿かっこいいな〜なんて思いながらギュッと抱きしめる腕に力を入れる。
「おい」
「おい、なまえ」
にしてもやっぱ尾形さん体仕上がってるなぁ、背は杉元くんの方が高いけど体つきががっしりしてる。
「おい、なまえ!」
『んぇ?』
「一回で返事しろ酔っ払い、あとベタベタと人の体を触るな」
先程から何度も尾形さんに名前を呼ばれていたようだけど全く気付かなかった。
『は!なんでありますかぁ?おがたじょーとーへーどの!』
と敬礼をするように片手を額に当てると、ピキッと尾形さんの額に青筋が増えたような…気がした。
「……すぎもとぉ」
「!?な、なんだよ!」
「この酔っ払い、連れてくぞ」
その時の尾形さんはめちゃくちゃ怖かったと後から杉元くんは語っていた。
尾形さんに腕を掴まれ月明かりで少し明るい外に連れ出されると、夏の時期とは言え夜風が涼しくアルコールでほてった体の熱が冷まされていく。
『も〜尾形さん私まだ飲んでたんですけど〜?』
「飲み過ぎだアホ」
『せっかく杉元くんと飲んでたのに、邪魔しないでくださいよ!』
恐らく潰れる前に阻止してくれたのだろうけど、尾形さんの気遣いも酔っ払った私が気付くわけもなく、なんならイケメン(杉元くん)との酒を邪魔されたことに文句を垂れる。
「ほぉ?そりゃ良いところ邪魔しちまって悪かったなぁ?」
そう言って尾形さんは前髪を掻き上げながら少しずつ近付いてくる。思わず後ろに下がるとそこはチセの壁でそのまま手を取り壁に縫い付けられる。
『お、がたさん…?』
夜風に当たり少し酔いが覚めてきた私は今の状況のヤバさに漸く気付く。
「言いたいことはそれだけか?」
顔を上げると、額に青筋を浮かべ笑顔を貼り付ける尾形さん。
尾形さん!!めちゃくちゃ怒っていらっしゃる!!!
『あ、あの…皆さん心配するし、それに杉…んんッ』
『杉元くんにも迷惑かけたし』と言おうとした所で唇を塞がれそれ以上言葉は出なかった。合わせるだけのキスではなく、無遠慮に舌をねじ込まれ呼吸ごと奪われそうな口付けに頭がクラクラするのは多分アルコールのせいだけではない。
熱い舌に歯列をなぞられ引っ込んでいた私の舌を捕まえるように絡み、キスとキスの合間に互いの吐息が漏れる。
壁の向こう側ではまだ宴会で騒ぐ皆の声が聞こえる。いつ誰が外に出てきてもおかしくない状況なのに繰り返される執拗な口付けが気持ち良くて握られた手に指を絡ませ握り返す。
『はっ…』
「っ…」
漸く唇が離され、お互いの間に唾液の線が張りそれを舌で舐めとる尾形さんは気が狂いそうなほど色ぽっくて全身の熱が顔面に集中する。
それに気付いた尾形さんは目を細め満足そうに笑みを浮かべると触れるだけのキスを唇や頬、耳元に繰り返した。
キスをしながら器用に片手でシャツのボタンを2、3個外され晒された首筋にもキスをされる。感じたことのないくすぐったさに自分でもびっくりするくらい甘い声と共に吐息を漏らすとそのまま肌を吸われる。
『やっ…ん…尾形さん、誰か来ちゃう…んんっ』
「そりゃ好都合だな、村の連中にもテメェが誰の物かって言う手間が省けるだろ」
『えっ…それって…んッ』
やきもち?と聞こうとした言葉は再び重ねられた唇によって飲み込まれた。
案の定「なまえさ〜ん、あとついでに尾形」と心配して出てきた杉元くんに目撃され、死を覚悟しながらも尾形さんを突き飛ばしその場で杉元くんに土下座をした。尾形さんには無事殺されそうになった。
その後チセに戻ったは良いけど、私にぴったりくっつき監視する尾形さんに、それを不憫そうに見てくる杉元くん、「みょうじ、飲み過ぎだ、反省しろ」と酒の入ったお椀を掲げるアシリパちゃん、キラウシさんにしこたま飲まされている谷垣くんと、とてもカオスな状態だった。
挙げ句の果てには私を囲んでいた人たちには「その軍人の兄ちゃんがねぇちゃんのいい人か!」とご希望通り私が誰のものか知れ渡り少し機嫌の良さそうな尾形さんを横目に胸に誓った。
(もうしばらく、お酒はいいや…)
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