01


確かにお空の世界へ行ってみたいと思うことは何度かあった、それは認めよう。しかし今目の前にいる青年達を見ても手放しに喜べる状況ではないのだ。


「返答次第では、斬る」


***


私は見慣れない場所で目が覚めた。
見慣れないという言葉で表現していいものか些か不安ではあるが、これまで生きてきた中で確実に"見慣れない場所"だった。


「え?」


せっかくの休日だし起きたらゆっくりシナリオイベント周回しようかなんて思っていたはずが目覚めるとそこは空の上。正確には上なのか下なのか分からない、今まさに地に向かって落ちているところなのだろうか。夢かどうかは分かり得なかったが心地の良い浮遊感とともに緩やかに降下していることに気付く。


(飛んでる、けど落ちてる?)


空の中を落ち続けていることに焦ったが、それにしてはやけに落ち着いていられるのが不思議だ。まるで夢の中のような……。そこでやはり夢か、と自分の中で納得付けた。


(夢の中で夢だと気付くことを明晰夢って言うんだっけ)


夢だとわかってしまえばこちらのもので、今まではただ降下しているだけだったが泳いでみたり逆さまになってみたり、はたまた上昇はできないものかと降下に抗ってみたり。ひとしきり遊んでみたがそれもすぐに飽きてしまった。なにせ空の中ぽつんと一人きりなのだ。


そろそろ目が覚めないかと思い始めたのと大きな雲に差し掛かったのはほぼ同時だった。水蒸気のせいか視界が悪くなり全身もしっとりと濡れてしまった。挙句遠くの方からギャオギャオと何かの鳴き声のような音まで聞こえてくる。今まで聞いたことのない恐ろしい声に身体がこわばった時、それは現れた。


(うそ……ワイバーン!?)


お空のゲームで散々雑魚扱いされてきた、してきたワイバーンが目の前にいる。スマートフォンの画面で見るのと実際に自分の目で見るのとじゃ迫力が違う。目が合ってしまったということはおそらく逃してくれないだろう、覚悟はしたが手足がぴりぴりと痺れるようで思うように力が入らない。


(ワイバーンってなんだっけ、風だっけ、風、風には火!)


夢の中なんだからなんでもできる!となんとか自分を鼓舞しワイバーンへ手を翳す。頭の中で火属性火属性と何度も繰り返し念じたが都合よく魔法が出てくることはない。ワイバーンの周囲はごうごうと風が吹いていてすぐにでも私に突っ込んで食らいつこうとしているのが見てとれた。もう終わった、とそう思って固く瞼を閉じたが衝撃は来ない。薄く片目だけ開いてみるとワイバーンの姿はなかった。


(夢の中のご都合主義的な……?)


危険は去った、と思ったのも束の間、今までの緩やかな降下が突然ガクッと速度を上げ始めた。本格的な落下だがこれもまた夢なのだからと今度は少し余裕が持てる。辺りが薄明るくなって来て、いよいよ雲を抜けたら舞い降りる予定の地上が見えてくるかしら、なんて呑気に考えていた刹那。


「ぐっ……」

「ガハッ」


突如全身を襲った衝撃で頭がチカチカする。何かの生物にぶつかったのだと気付くのにそう時間は掛からなかった。恐る恐る瞳を開けると目の前には血を流して倒れている人。まさか自分がぶつかった衝撃で人を殺してしまうなんて、と私の後悔はよそに血の海はどんどんと広がっていく。


「あ、あの、大丈夫ですか、息してますか、……っ嘘だ」


とりあえず安否の確認をしようとうつ伏せに倒れているその人を仰向けにして理解したことがある。この人はラカムだ。そして私が不幸にも落ちてきてしまったのはグランサイファーだ。落ちた際に擦りむいたであろう膝がズキズキ痛むせいで、夢であるはずなのに現実なのかもしれないとどんどん青ざめる。
どうしようどうしようと混乱していたのか近づいていた足音に全く気がつかなかった。


「そこで何をしている!」

「ひっ」


予期せぬ声に声が裏返った。ゆっくりと振り向けば見覚えのある人、右手にしっかりと剣を握っているカタリナがいた。ハッと気づけばカタリナの背後には同じように剣を手にしたグランもいる。


そして冒頭へと戻るわけだ。





「返答次第では、斬る」


その切っ先を真っ直ぐこちらへ向けながらグランが言う。人に刃物を向けられる経験は無いはずなのに、先のワイバーンで怖さが吹っ飛んでしまったのか、ここが自分のよく見知った世界だからか、冷静さを取り戻しつつある自分がいた。


「単刀直入に言うと故意ではなく事故です。とにかく早くこの人を診てあげてください」


グランもカタリナも納得はしていなそうだったがラカムの血の海がどんどん広がっていくのを見て慌てた様子で応急処置を始めた。グランの呼びかけで回復が得意そうな団員やポーションを抱えたルリアやビィが集まってきた。一先ずの治療を終え、改まってグランがこちらへ問いかける。剣に手をかけたまま。


「君は事故と言ったけど、どうしてこうなったの?」

「あの、その前にその人無事です……?」

「……意識はまだ無いけどみんなのお陰で一応ね」


問いに問いで返したせいかグランはハァと大きなため息をついてからラカムの無事を教えてくれた。それと同時に剣にかかった手を下ろしてくれた。二重の意味でホッとした私は安堵からか全身の力が抜けて床へと座り込んでしまったが、その場にいる全員がこちらに注目しているのがなんだか恥ずかしくて冗談っぽく笑う。


「突然ごめんなさい、ずっと空を落ちてたから床の感覚に浸らせてほしいの」

「はわっ、お姉さん大丈夫ですか?」


崩れ落ちたように見えたのかルリアが心配そうに駆け寄ってきた。どうしよう、近くで見るとすごく可愛くて癒される。


「空を落ちてたって、」

「そのままの意味ですよ。気づいた時には落ちてたんです」


その後、もう帰れないことを悟った私は目が覚めてから今までのことを説明した。目が覚める前にいた場所や自分が何者かも洗いざらい話したお陰か、話し終える頃にはもう私へ敵意を向けてくる団員はいなかった。


「話は分かった。とにかく帰れる時が来るまでここにいたらいいよ」

「え、いいの……?」

「もちろん私も歓迎します!」

「グランは昔から困ってるやつは助けなきゃ気が済まないタイプだからな、グランがそう言うならオイラも問題ないぜ!」


それから話はトントン拍子に進んでいき、この騎空団内で出来ることはお手伝いしながら生活することとなった。そういえばワイバーンの話していなかったな、と思い出したが幻かもしれないしどうでもいいことかと割り当てられた部屋へと向かうのだった。



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20190409 お肉