第2話
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「 名前ちゃん、こっちだよ!」
声の方を見ると、彼がこちらに向かって手を振っている。
「 まこにいちゃーん。」
呼び返して、私も思い切り手を振った。ニコニコと笑顔がまぶしい誠くんは早く早く!と跳び跳ねていて。
ああ、いい子なんだよなぁ。これが普通の幼なじみならどれだけよかったことか。
駆け寄りつつも私は、内心で大きくため息をついたのだった。
あの日の公園での自己紹介。目の前の少年がシュートキャラだと気がついた私は、なす術もなくフリーズをかましたわけでして。
「名前ちゃん?名前ちゃん!!」
ぽん、と肩に置かれたのは誠くんの手。彼は心配そうにこちらを見ていた。
「どうかしたの?気持ち悪い?」
ああ、いきなり反応がなくなったからか。でもそこですかさず相手の体調を心配できる5歳って、かなり優秀では?さすがシュート界屈指の世話焼きキャラ……って。
「あっ」
まずいな、いつの間にか母さんと斉木父までこっちを見ている。そりゃ「気持ち悪い」なんて単語が聞こえてきたらそうなるよね!
とにかくなんかしゃべらないと、ごまかしきかないのでは?
「あっ、あのっ。えっと、その…。お、お兄ちゃん!」
「えっ、なに?」
「ま、まこにいちゃんって呼んでも、いいですか?」
……いやぁ、苦しいなぁ。
例えテンパっていたとしても、我ながらこれはありえないよなぁ。
流石に三歳児のポテンシャルに頼りすぎだよ。
「……名前ちゃん」
「アッハイ」
斉木少年からの呼び掛けはワンテンポ遅れていて。だよね、なんだこいつってなるわな。
「なんだぁ、そんなことかぁ」
けれど実際彼から聞こえたのは穏やかな声色だった。気にしなくてもよかったのに、と眩しい笑顔で頭を撫でてくる。
……え、今のでイケた?
思わずぽかんとした私のほうへ、くすくす笑いの母さんが近づいてくる。
「ごめんね誠くん。名前ったらお友達と話すのが初めてだから緊張してるみたい」
仲良くしてあげてねと笑う母さんに、「うん!」と返す誠くん。
あっそうか。これ公園デビューだ。
人見知りの娘が勇気を出した図になってるんだ……。
今まで健診系で同年代が沢山いる場には行ったけど、大抵持参した絵本読んで過ごしてたし、他の子とあんまり関わってこなかったもんなぁ。まあ絵本読みつつ、年相応の振る舞いを観察させてもらってたのもあるけど。
や、けどなんか居たたまれない。ごめんて、私そこまで人見知りもなければ、甘えたちゃんでもないんだよ。
「名前ちゃん、サッカーやったことある?」
一人疲れている私に、斉木少年……いいや、この際呼んでしまえ。もとい兄ちゃんはこれだよ、とボールを見せる。あっ思ったより大きいぞ。3歳児には厳しくないか?
私の様子から未経験だと判ったのだろう。兄ちゃんが説明してくれる。が、やはり5歳児。さっぱりわからない。
「それで、すごく楽しいんだ!!」
先ほどからそれしか言わない兄ちゃん。うん、君が楽しそうで何よりです。
それならば"百聞は一見に如かず"
と言うわけで私達は、おじさんが参加している地元のサッカークラブの大会を見に行くことになったのだ。
んで、母さん引率、解説席はまこ兄ちゃんの布陣で挑んだわけだけれど。
凄かった。
初めて見たサッカーの試合。とにかく凄かった。
ルールは詳しくないけれど。それでも十分すぎるくらい楽しかった。
多分、一番の理由は選手の表情だろうな。だってサッカーの楽しさがひしひしと伝わってくるんだから。
だからこんなにも私は興奮しているのだろう。
「おじさん、かっこよかったよ!」
興奮冷めやらぬまま、叫ぶようにいえば、斉木父はニコニコ笑ってよかった、と言う。
「ね、サッカーって楽しいでしょ!」
嬉しそうに言う兄ちゃんに思いっきりうなずく。これは確かに「楽しい!」しか語彙がなくなるだろうね。だって五歳だもん。
「じゃあ、名前ちゃんもサッカーやろうよ!」
……おっとそうくるかぁ。ちびっこ特有の無茶振りって怖いよなぁ。
うーん、分かるよ。自分の好きなものを、友達が一緒に楽しんでくれたらって思うよね。いくつになっても、どんなジャンルでも布教が成功したら嬉しいもんだ。
でもなぁ、リスク高いんだよなぁ……!
サッカーマンガの世界でサッカーやってたら、絶対キャラクターとの遭遇率上がるよね。私、できれば観客側で居たいんだよ。背景として顔がぼんやりとした程度のやつ。ほら、試合シーンのスタジアムとかに居るような。
だってさ、万が一にでも推しと遭遇したらメンタル崩壊するでしょ。でもってガチ高校生相手にキモオタムーブはかませないでしょ。
うん、断ろう。部外者は立ち入りすぎないほうがいいと思う。
そう決意し、顔を兄ちゃんへ向ける、が。
「…………」
じぃっと見つめてくる兄ちゃん。その目は期待でキラキラと……。
えっ、ちょい待って。やらないよ。いたいけな目をしていても負けない……。
「……サッカーやろうかな」
負けた……。もう無理。何であんな可愛いの?あれが斉木誠なのか?
何かずるい。反則だ。こちとら精神年齢20歳だぞ。可愛いさに負けるに決まってるだろう。
「一緒に頑張ろうね、名前ちゃん!」
嬉しそうにニカッと笑うまこ兄ちゃん。微笑ましく見守る互いの保護者。その中で私はなんとも言えないひきつった笑顔を浮かべるのであった。
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