店長は今日もえっちだ。
「キメェ」
「女の子に向かっていきなりキメェはいかがなものかと思います」
「声に出てんだよ。つぅかアイツより絶対俺の方が色気あるわ」
「羽宮さんはお顔が美しい」
「分かってんじゃん」
「ただそれだけです。痛ッ」
「クビにされたくなかったら手動かせば?」
羽宮さんに強めの力でぺしりと頭を叩かれる。フロアの床をモップで磨いている店長から手元のレジに視線を移した。だってもうウンザリなんです。今日の売上とレジに残ってるお金が全然計算合わない。羽宮さん、また間違えておつり多めに渡しちゃったのかな。店長は一日裏で事務作業してたし、フロアで接客してたのは私と羽宮さんだけ。私は今日会計を一度もしていない。犯人は明白である。
「羽宮さん、レジ締め合いません」
「げっ…マジで?お前が数え間違えてんじゃねぇの」
「3回やり直しました。諦めてください」
千冬に怒られんじゃん、と愚痴をこぼしながら羽宮さんは自ら店長の元へ申告に行く。こんな事を言ったら本当にクビにされそうだから言わないけれど、私は羽宮さんが店長に怒られているのを見るのが嫌いじゃない。いやそれは語弊がある。羽宮さんにやれやれと手を焼く店長を見るのが好きなのだ。アンタ何度言ったら分かるんですか、と疲労感満載の顔が何とも言えない色気を醸し出すから堪らない。
「札渡す時は2回数えろって言いましたよね」
「数えたけど新札だからへばりついてたんだよ」
「はぁ?なんで新札から使うんですか」
「綺麗なの貰った方がテンション上がると思って」
「そんなとこ客の気持ちに寄り添わなくていいんですよ」
うんざりした顔で説教をする店長と、不貞腐れた顔で俯く羽宮さんを遠くから眺めてニッコリと笑みを浮かべる。何笑ってんだテメェ、と羽宮さんに肉食獣の如く鋭い目で射抜かれてそそくさとバックヤードに逃げた。こら、バイトを虐めるな、と店長の説教が長引く羽目になるのはいつものことである。
♢
「店長、私は羽宮さんに虐められてなんかないですよ。羽宮さん、言葉は厳しいけどなんだかんだ優しいです」
「すげぇメンチ切られてたけど。ていうか…もう仕事終わったんだからやめろよそれ」
「またまた、そんな顔して。店長って呼ばれるの嫌いじゃないの、わたし知ってますよ」
だってこの前エッチしてる時に"店長"って呼んだらめちゃくちゃ興奮して…とまで言いかけたところでクッションを顔面に押し付けられる。息が出来ずに命の危険を感じて手足をバタつかせたら、限界の一歩手前で視界が明るくなった。ひぃひぃと必死に空気を取り込んで、キッと隣を睨め付ける。
「ちょっと…!死にかけたじゃないですか!」
「お前が余計なこと言うから悪い」
「だって本当のことですもん。千冬さん、自分が思ってるより変態ですよ」
「それ以上言ったら襲うぞ」
「千冬さんは優しいのでそんなことしません」
「一虎くんの前で変なこと言うのやめろよ」
「ごめんなさい、心の声が漏れて」
つい、と頭を掻いて舌を出したら、千冬さんはげんなりとした顔で膝の上に乗った愛猫の頭を撫でる。黒い毛玉の邪魔をしないように千冬さんの膝に頭を乗せてソファに寝転がった。私も私も、と目で訴えたら千冬さんはわしゃわしゃと髪を掻き乱してくれる。
「私、生まれ変わったら千冬さんの飼い猫になりたいです」
「今も猫みたいなもんだろ」
「猫みたい、じゃなくて、本当に猫がいいんです」
頭に添えられた大きな手に手のひらを重ねて目を閉じる。人間に生まれてもう一度千冬さんに恋をするのも幸せだけど、願わくばそれよりも猫がいい。どうして、と不服そうな声で尋ねられて、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
「猫は生きてるだけで可愛いんです。だから何をしても許されるんです。無条件でいっぱい甘やかしてもらえるし…あと人間よりも寿命が短いじゃないですか。必ず死ぬ間際まで千冬さんに愛してもらえます」
だから私は千冬さんの飼い猫がいいんです、と熱弁していると蛍光灯の光が遮断され視界が突然暗くなる。屈んで私の唇を食んだ千冬さんは「だから、猫みたいなもんだろ」と澄み渡った空のような瞳を溶かして優しく微笑んだ。さらりと垂れた千冬さんの前髪が頬に触れて擽ったい。
「まぁでも、たしかに寿命は何とも言えねーかも。女の方が平均寿命長いって言うもんな」
「………千冬さん、離れてください」
「イヤそうには見えねぇけど」
「だからですよ。心臓がばくばくしてるんです。このままだと爆発するかもしれません」
「いい加減慣れろよ。これ以上の事ももうしたじゃん。さっきイジってきたくせに」
「照れ隠しですよ。いい大人なら察してくれませんか」
「なんでちょっと喧嘩腰なんだよ」
可笑しそうにクスクスと笑った千冬さんは緊張して強張る私の肩を掴んでまた唇を押し当ててくる。千冬さんの膝に頭を乗せて仰向けで寝転がっているから、上から囲まれたら逃げ場がない。分厚い舌に歯列をなぞられ上顎を摩られて、妙な気分になるのを必死で堪えて目を瞑る。無意識に千冬さんのパーカーの裾をギュウっと握り締めていたらしい。
「そんなに引っ張ったら服伸びる」
「は……ぁ…ごめ、なさ」
「お前それ…わざと?」
「なにがですか」
たかがキス一つで息も絶え絶えになって、酸欠で目を回していると火照った猫目がジッと私を見下ろす。あ、千冬さんエッチな顔してる。
「駄目ですよ、今日はしません」
「……何も言ってねぇし」
「その顔、写真撮って見せてあげましょうか」
と言いつつ私がその色気に満ちた表情を懐に収めたいだけなのは秘密だ。流されてくれるとでも思っていたのか、上手くいかずにはぐらかされた千冬さんは少し不貞腐れている。5つも歳が上なのに、こういう所は可愛らしい。あーあ、とソファの背に項垂れた千冬さんの脇腹をツンツンとつつく。
「千冬さん、私もう来週でシフトラストですね」
「あー…早ェな、来月からちゃんと社会人になれんの」
「なりたくなくても、なるんですよ。みんなそうやって大人になっていくんです」
「さっきまで猫になりたいとか言ってたくせに…急に人生達観し出すの何なんだよ」
「それはちょっと語弊があります。私は"千冬さんの"猫がいいんです。だから千冬さん、」
可愛いバイトの子を新しく雇っても、目移りしちゃ駄目ですよ。と、口元に手を添えてひそひそと呟く。
「千冬さんが押しに弱いのは実証済みです」
眉を垂れて自嘲の笑みを浮かべると千冬さんは目をぱちくりとさせた。
千冬さんは知らないのだ。高校三年生の時、お店の前を通りかかってショーウィンドウの奥に佇む千冬さんを一目見てから、私の世界は鮮やかに色付いてキラキラと輝きを増したこと。大学生になってからすぐ、下心満載でバイトの面接を受けに行ったこと。
一回目の告白は大学一年生の時。「店長を好きになってしまいました」と頭を下げた私に、千冬さんは優しく「気持ちには答えられない」と返事をくれた。未成年だからか、と思って二回目の告白をしたのは成人式の数日後。「店長、好きです。お付き合いして下さい」と手を差し出した私に、千冬さんは目を丸めてやっぱり一回目と同じ返事をくれた。そして三回目は大学四年生になった秋。つい数ヶ月前のこと。「好きです。松野さんの彼女にして下さい」目を見てハッキリとそう伝えたら、千冬さんは「分かった、いいよ」と呆気なく返事をくれた。
何故オッケーしてくれたのかなんて分からない。ただしつこいから諦めただけのようにも見えた。
「若くて可愛い子に流されちゃ駄目ですよ?でも、そうですね、千冬さんからいいなって思うような人が現れたら、私のことはすぐに忘れて下さい」
ひょい、と身を起こして弾力のあるソファに座り直す。乱れた髪を手櫛で直して撫でつけた。無条件に愛されるただの飼い猫になれたなら、どれほど幸せなことだろう。電気ストーブの前で丸まる黒猫に羨望の眼差しを向けていると、伸びて来た手が私の顎を勢いよく掴む。
「…っ、い、」
「社会人になって会社でいいなって思うヤツがいたら、お前はオレのことすぐに忘れんの?」
強制的に顔を千冬さんの方へ向けられて首筋が少し痛んだ。静かに燃えるような怒りを孕んだ瞳に捉えられて息が詰まる。
「そんな軽い気持ちで付き合ってんなら、今すぐ別れた方がお互いのためだと思うけど」
「ち、ちがいます…千冬さんは優しいから…」
「優しいやつは同情で付き合ったりしねぇ」
「じゃあ千冬さんは酷い人ですか…?」
苛立ちが増すのを感じ取って心臓が縮こまる。店長が本気で怒ったら恐ろしいことは知っているのだ。あの飄々とした羽宮さんが萎縮するぐらいなのだから。これ以上言葉を間違えてはいけないと、尻込みして口を閉ざしかける。でもでも、私だって言いたい事はあるのだ。
「じゃあ…っ!」
「?」
「千冬さんは私のことがちゃんと好きで…好きって思ってくれてますか?」
好きだって言われたこと一度もありません…!と、半ば叫ぶように訴えたら千冬さんはぽかんと口を開ける。右斜め上に視線を泳がせて、付き合ってからの数ヶ月間を思い返しているのだろう。
「そうだっけ…」
「そうですよ。可愛いは21回言ってくれましたけど、好きは0回です」
なに数えてんだ、とでも言いたげな表情をしているけれど、今はちょっぴり私の方が優勢だ。
「この間言った」
「聞いてません。この間っていつですか」
「お前がオレの家泊まった時」
「泊まった時のいつですか。これ以上嘘ついたら来週のシフト飛んでやりますからね」
「飛ぶって…オレに事前報告してんじゃん」
そういうことじゃないんですよー!と地団駄を踏むと千冬さんは私の勢いに圧倒されて少し身を引いた。
「初めて抱いた時、ちゃんと伝えてる」
「………聞いてません」
「まぁわけ分かんなくなってたし…聞こえてなかったかもしんねぇけど」
「そ…それは言ってないのも同然です。というか、そんな時に言うなんてズルいじゃないですか」
「言おうと思って言ったわけじゃねぇし…お前もさっき言ってたじゃん。つい心の声が漏れたみたいなの」
「急に恥ずかしいこと言わないでください。怒りますよ」
ソファの隅に寄ってそっぽを向いたら、千冬さんはぷっと小さく吹き出して口元を手の甲でおさえた。
「ちゃんと言うから、こっち向いて」
目玉だけを動かしてちらりと千冬さんの顔を見る。千冬さんは「ちゃんと」と言葉を繰り返して私の両頬を正面からむにゅっと挟み込んだ。
「好き。アホなとこも間抜けなとこもぜんぶ」
「……千冬さんは…一言余計なんですよ」
「照れ隠しじゃん。いい大人なら察しろよ」
先程自分が発した言葉をなぞられてムッと口を尖らせる。
「私はまだまだ未熟な若者です」
「オレだってお前が思ってるほど大人じゃねぇよ」
「知ってます」
「……………」
「そんな怖い顔しないでください。いいじゃないですか、そういう部分を知れるのは彼女の特権なんですから…っ、!?」
「もうバイト卒業するし、そろそろ敬語やめる練習しとく?」
くるりとソファに押し倒されて咄嗟に両腕で顔を覆う。腕から目だけを覗かせて顔を横に振った。
「嫌ですよ。尊敬する人にはちゃんと敬語を使いたいんです」
きょとん、と目を点にした千冬さんは少ししてふにゃりと優しく目尻を垂れた。分かる、と一言共感の言葉を口にする。どうやら千冬さんにもそう思える人が居るらしい。
「でもそれとこれとは別。いつまでも店長とバイトのままじゃ嫌だし」
「もしかして…それで私の告白二回も断りました?」
「一回目は未成年だからマジでなかった」
「二回目は?」
「バイトに手出すのはやめろって一虎くんに釘刺されたから」
「私は少し羽宮さんのことを勘違いしてたみたいです」
店に集ってくる女子高校生相手に楽しげに駄弁ってたからヒヤヒヤしてたのに。そっか、ああ見えても常識人。
「まさか一虎くんに乗り換えようとしてる?」
「好感度が上がりました。羽宮さんはお顔が綺麗なだけじゃなかったんですね。ちゃんと素敵な大人かも」
キュッと皺が寄った眉間を指先で突いてクスリと笑う。
「釘刺されたのに手出すほどですか?」
「悪かったな、素敵な大人じゃなくて」
腕を伸ばして千冬さんの首にしがみつく。拗ねないでくださいよ、と頬擦りをしたら耳元で心地の良い低音が私の名前を呼んだ。
「なんですか」
「これからも好きなだけ甘やかしてやるから、」
だから、そう続けて千冬さんは一度浅く深呼吸をする。吐息が首筋に触れて皮膚が爛れそうなほど熱を持った。
「忘れろとか寂しいこと言うなよ」
掠れて消え入りそうな声が耳に吹き込まれる。きゅうう、と胸の奥が痛みを訴えて、息苦しさに視界が滲んだ。この人はこういうところが本当にズルいのだ。
「ねぇ、千冬さん」
首を捻って顔を覗き込もうとしたらそっぽを向かれる。黒い髪がふわりと私の鼻先を掠めた。
「私やっぱり生まれ変わっても人間がいいです。千冬さんの彼女がいい」
「最初からそう言え」
「都合が良いって思いました?」
「少し」
「ごめんなさい、不安だったんです」
「どうしたら消えんの、それ」
「千冬さんがギュッてしてくれたら消えます」
背中に手を差し込まれて身体がふわっと持ち上がる。向き合うような形で膝の上に座らされて、そのまま強く抱き締められた。ふへ、と腑抜けた声が漏れてしまう。
「ほっぺたにチューもください」
今日は千冬さんに好きって言って貰えて幸せな日だから、もう少し欲張ってみてもいいと思う。調子良く指先でトントンと頬を叩いたら、頬に熱い手のひらが触れた。親指の腹でふにふにと唇を弄られる。ここは欲しくねぇの、そう尋ねてくる千冬さんの目は弓形になっていて愉しげだ。
「いっぱい、ください」
皮膚の内側が燃えるように熱い。ゆっくりと近づいて来た千冬さんの顔を見ていられなくなって、ぎゅうっと固く目を閉じた。ルームウェアに忍び込んで来た手が脇腹を伝って胸に到達する。
「………下着は?」
重なった唇が少し離れてこそりと音を出す。瞼を伏せたままふるふると羞恥で肩を震わせた。
「お風呂上がってから行方知れずです」
「ふぅん」
「なんですか」
「どこ行っちまったんだろうな」
「足が生えて逃げちゃいました。もう今日は戻ってきません」
惚けたフリをして明後日の方向を見たら、服の下へ差し込まれた手が不意に私の両脇腹をこちょこちょと擽りだす。想定外の攻撃にギャッと跳ね上がり咄嗟に身を捩った。
「ひっ……あははっ!ちょ、やめてくださ…っ」
暴れてソファに倒れ込むも、逃すまいと上にのし掛かられて退路は完全に断たれてしまう。無邪気な悪ガキみたいな顔をして、ほら、千冬さんはこういうところが物凄く子供っぽい。
「ふふっ、くすぐった…っ」
「さっさと素直になった方が身のためだと思うけど?」
「あはっ、も、……か…しま…たぁ…っ!」
「んー?」
「じ、ぶんで!隠しましたぁ…!」
ぴたりと手を止めた千冬さんは、ソファに横たわった私の身体を軽々しくヒョイと持ち上げる。そうして再び暖かい膝の上へ。先程から特等席を奪われ続けている黒猫は、ソファの傍らでみゃおんと切なげに鳴いていた。ごめんなさい、今だけはきみのご主人様を私に譲って下さい。
「なんでそんなことすんの」
「……分かってるくせに、千冬さんは意地悪です」
ツンと唇を尖らせ精一杯眼力を込めて千冬さんを睨め付ける。全くもって、何の意味もない抵抗。
「オレの猫になりたいだっけ?」
「へ…?」
一回、なってみる?耳元に寄せられた唇がいつもより少し高めの甘い声を出す。背に回された手で仙骨あたりをポンポンと優しく叩かれて、うう、と羞恥に悶えた。猫みたいにお尻を向けて強請ったわけじゃないのに。
「さっきやっぱり人間がいいって言いました…」
「猫と張り合ってるうちは無理だろうなぁ」
口を噤んで熱を帯びた額をぐりぐりと千冬さんの肩に押し付ける。お尻はまだポンポンされたまま、仙骨を伝って背骨が揺さぶられると、ふわふわして変な気分。
「試しに鳴いてみろよ、にゃーって」
「………っ、千冬さん」
「アイツはいつも可愛く鳴いてくれるけど」
ソファ下に視線を落とすと、不思議そうに小首を傾げる毛玉と目が合う。その時、にゃあ、と媚びるように喉を鳴らしたのは私か猫か。
「お前さぁ……」
耳の淵をかさついた指先で撫ぜられて、ああもう、全身の血液が沸騰しそうだ。本当に、千冬さんは意地悪スイッチが入ると、とことんねちっこい。
「ちょろすぎて心配になるわ」
「ちゃんと言う通りにしました」
「絶対オレ以外のヤツの言うこと聞くなよ」
「聞くわけないじゃないですか。私は千冬さんに褒められたくてやってるんです」
だからちゃんと「よく出来たね」ってよしよしして下さい。
羞恥が一周回ってヤケになる。強気に言葉を吐き出して、ぎゅう、としがみついたら千冬さんの体温がじわりと上昇したような気がした。
「じゃあご褒美」
「何くれるんですか」
期待の眼差しを向けると、応えるように指先でツウッと背筋をなぞられる。どうやら意地悪タイムは終わったらしい。漏れそうな吐息を噛み締めて、静かに言葉の続きを待つ。
「今からお前のこと抱くけど、」
どういう風にして欲しい?色香をたっぷりと纏ったその声に、脳味噌を揺さぶられてくらりと眩暈がする。ほらやっぱり、羽宮さんは知らないだけなんだ。澄ました顔でキーボードを叩いて、爽やかな笑みで接客をこなす店長が、動物と戯れる時は童顔も相まってあどけなく笑う店長が、本当はこんなにも艶かしくてえっちなこと。
「オレにどうやって抱かれてぇの」
教えて、そう追い討ちを掛けられて引き攣った喉から欲望を恐る恐ると吐き出した。
「好きって、いっぱい言ってください。あとちゅーもたくさん…名前も呼んでください。それから、」
「ふは、欲張り」
「だめですか」
「全然?」
節くれた手が、まるで壊れ物を扱うように私の髪にそろりと触れる。四年前、私の心を攫ったその人は、目を細めたくなるほどに眩しくて、泣きそうになるほど暖かで、そしてとても恐ろしい。
だって、
「お前のもんなんだから、好きなだけ欲張れば」
どうしようもなく愛おしいのだと。愛情と劣情を掻き混ぜて溶かした水色の双眸を蕩けさせて、陽だまりのような笑みを浮かべてみせる。甘い言葉はなくともそうやって、たったそれだけで、今日も今日とて私の心臓を一思いに殺すのだ。
short
Storehouse