いつだったか、友人が鬼の形相で愚痴っていた。彼氏がAVを見ていただなんだの。正直なところ、生身の人間と浮気をしている訳ではないのだからそれぐらい、と思っていた訳だ。年頃の男の子なんてそんなものだろう、と(自分もまだまだ10代のガキンチョのくせして)余裕のある大人の女ぶった思考で完結していた。ああ、別に怒るほどのことではないだろうと本気で思っていましたとも。千冬の部屋でこんなものを見つけるまでは。
『爆乳パイパンOL〜オフィスで中出し5連発!〜』
「爆乳パイパンOL」
文面をなぞるように口から零れた下品な言葉はシンとした部屋の空気に溶けていく。DVDのパッケージにゴシック体ででかでかと書かれたタイトルを再読して情報処理にたっぷりと10秒は要した。惜しげもなく豊満な胸を晒し、艶かしい笑みを浮かべる女と目が合う。そして己の胸元へ視線を落として現実を見た。
「………ばくにゅー」
別に、いいけど。ほら、好きな人なら胸が大きくてもデカくてもどっちでも良いって言うじゃん。ああ間違えたこれじゃ両方大きいね、女の私でも大きいに越したことはないと思う。
『今日放課後ウチこねぇ?お前が見てぇっつってた映画のDVD借りといた』届いたメッセージに『いくいく、そろそろペケにも会いたいし』浮かれた気分で返事をしたのが今日の昼休み。待ち合わせて一緒に下校して、すっかり慣れ親しんだ家にお邪魔する。千冬が飲み物を持ってくると部屋を出た後、ベッド下に詰め込まれた荷物の隙間からチラリと見えた怪しげなそれを私は手に取ってしまった。
DVDを片手にピシリと固まったままの私をペケJは不思議そうに眺めている。ちょっとちょっと、オタクの飼い主さん、こんなえっちなもの一人でこっそり見てますよ、どう思います?
「はぁ〜…」
気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸をしていると、扉の向こう側から足音が聞こえて慌ててDVDを元の位置に戻す。ばくばくと緊張して心臓が早鐘を打った。全く、何故こちらが悪いことをしてしまったような気分にならなくてはならないのか。
「わり、お待たせ。コーラしかなかったんだけどいい?」
「何でもいいよ、ありがとう」
「ん、あとこれ冷蔵庫に入ってた。半分コして食おうぜ」
皿に乗せて持ってきた3種類のドーナツを全部綺麗に半分に分けた千冬はにかっと白い歯を見せて満足げに笑う。そして床に放置されたレンタルショップの袋を手繰り寄せ映画のDVDを取り出した。
「オレもこの映画気になってたんだよなぁ」
「洋画とか興味なさそうなのに、意外」
「主役の人カッケーから見てみてぇって思ってた」
「ふぅん」
ああ、ダメだ。ダメだこれ。
千冬の顔が全く見れない。どうにもさっきの過激なタイトルが頭にチラついて仕方ない。だって、だってさ。こんな可愛い顔してあんな過激なのが好きなワケ?爆乳が好きなの?毛は一切無い方がいい?ていうか歳上のお姉さんがタイプなの?全然私と違うけど大丈夫?ああいや、大丈夫じゃないから、付き合って何年も経つのに一切手を出してこないのか。
「……なんかお前ヘンじゃね?」
一人悶々としながらも平常心を装っていたつもりなのに。呆気なく異変に気付かれて背筋に一筋汗が伝う。「なんかあった?」ジリジリと物理的に距離を詰められて忙しなく目を泳がせた。
「別になにも」
「………」
「な、なに」
「こっち向いて」
「なんで」
「いいから、向けよ」
顎を掴まれたかと思えば半ば強引に千冬の方へ顔を向かされた。怪訝に細められた瞳とぱちりと目が合ってウッと言葉に詰まる。
「なにもないってば、ヘンとか失礼だな」
「お前、嘘つく時に唇舐める癖あんの自分で気付いてる?」
「えっ…ん、ぅ」
ぱかりと開いた千冬の口に唇を食べられる。慌てて目を固く瞑った。待って欲しい、そんなの知らない。じゃあ今までついてきた嘘は全て見抜かれてたのかとか、どんな嘘ついたっけとか、次はまた別の事で悶々とし始める。そんな事を今まで黙ってたのはズルいじゃないか。
「ん、ね、ぇ…っ」
「何か隠してんだろ、言え、こら」
息継ぎも出来ないほど激しく唇を貪られて、酸欠で頭がくらりとする。いやいや、ヤラシイものを隠してたのはそっちの方だろうと声を大にして言ってやりたい。再生された映画はもうとっくに始まっているのにこれじゃまともに見れないじゃないか。映画は序盤が重要なのに。けれどもうなんだかどうでもよくなって、与えられる熱に答えようと必死に舌を動かした。
「はっ、ぁ…ちふ、ゆ」
熱い、吐息まじりの声で訴える。苦しいからやめて欲しい、でももっとして欲しい。矛盾した感情が胸を掻き乱す。唇が触れそうで触れない距離で、ジッと熱っぽく見つめると千冬は首筋から顔へかけて徐々に白い肌を火照らせた。
「な、なんか…ヤベェ、かも」
「?なんかってなに」
「なぁ、オレのこと好き?」
「ペケの次にね」
「可愛くねぇ」
「知ってる」
「ウソ、可愛い。すげー可愛い」
チュッチュッと啄むようなキスをされてキュンと胸が疼く。顔を真っ赤して、私の肩を掴む手は緊張で震えている。可愛いのはどっちだ。突然両脇に手を差し込まれて、もたれ掛かっていたベッドの上にヒョイっと持ち上げられる。肩を押されてシーツに沈み、制服の下へ手を差し込まれてギョッとした。キスで逆上せていた頭が一瞬で冷めていく。
「えっ!?ウソ、ちょっ、待って」
「待てねぇ」
「う、あ、ほ…ほら!千冬のお母さん、そろそろ帰ってきちゃうかも!」
「今日は遅くなるって言ってたぜ」
ふっと息を荒げながら切羽詰まった表情で見下ろしてくる千冬に困惑する。なんだなんだ、いきなりなんだ。どうして今このタイミングなんだ。初めてなのに、そんないきなりな話はないだろう。
「きょ、今日はダメ」
「なんで?」
「心の準備が」
「そんなのいる?」
「いる、し。というか今までそういうの言わなかったのに、なんでいきなり」
「大事にしてぇから我慢してた。けどなんか、お前がすげーエロい顔するから」
聞き捨てならない。大事にしたいからと聞こえた言葉に思わず口元が緩みかけたが強引にキュッと引き結ぶ。
「そんな顔していないし」
「してた、なんかエロいこと考えてただろ」
「いやいやエロいこと考えてたのは千冬の方でしょ」
「はぁ?」
別にAVとか好きにすりゃあいいよ、でも彼女を家に呼ぶならもっとちゃんと隠せっての。パイパン?中出し?どう考えたって処女には刺激が強すぎでしょうが。大事にしてくれてるのは嬉しいけどさ、私が自分には魅力ないのかもって不安になってた時、千冬はエロい歳上のお姉さん見て一人でお楽しみだったってわけだ。
「なんだよそれ、どういう意味?」
「もういいでしょ、映画見たい、最初まで巻き戻して」
「おい、話逸らすなって」
「千冬」
未だに手首を掴まれシーツに沈められている。もう勘弁して欲しいと甘えた声で名前を呼べば、千冬はツンと拗ねたように口を尖らせて私の手を解放した。床に転がったリモコンを拾い上げDVDを一番初めまで巻き戻す。皿に乗ったドーナツをつまみ上げてテレビに目を向けた。
何とまぁ面倒なことに、それから映画が終わるまで、千冬はずっと不貞腐れていた。分かっている。私が頑なに何かを隠すから、それが気に食わなくて拗ねているのだ。
2時間も経てば正直もうこちらは頭が冷えていたし、AVを見つけたことなんてどうでもよくなっていた。メロディーと共に流れ出したエンドロールを尻目に、手を伸ばして刈り上げられた千冬の髪をじょりじょりと撫で上げる。
「くすぐってぇからやめろよ」
ちょっかいをかけられた千冬は鬱陶しそうに目を細めたが手を振り払うことはせず、黙ってされるがままになっていた。どうやら怒っている訳ではなく、悲しんでいるらしい。ああ、そうかい。
「次なに見る?」
「今見たヤツしか借りてねぇ」
「これとかどう?」
2時間ちょっと前、ベッド下に慌てて戻したDVDをスッと取り出し千冬に差し出した。気怠げに視線を寄越した千冬は絵に描いたように綺麗な二度見をする。すごい、間抜けヅラ。
「な…っ、それ、いつ」
「なになに…爆乳パイパンOL、オフィスでな」
「ばっ…か!ンなの読むなよ!」
手中から一瞬でDVDが消えた。驚き視線を上げれば既にそれは千冬が手にしている。凄い、動きが見えなかったぞ。なんていうかもっと堂々としてくれたら何も言えなかったかもしれないのに、そんなに動揺されたら益々ヤな気分じゃないか。
「ま、まさかお前、これ見つけたから」
「ほら、隠し事してたのも、エロいこと考えてたのも千冬の方だったでしょ」
「これはオレんじゃねぇよ!」
「いや、それは無理があると思うけど」
小さく溜息をついて、隣に座る千冬の両足の間に身体をねじ込んだ。残り一口だけ、残っていた甘いドーナツを口内へ放り込んで咀嚼する。コクリと飲み下して、千冬の胸に寄りかかるように身体を後ろへ倒した。
「マジでオレんじゃねぇ、こないだタケミっち達が面白がってウチに置いてった」
「でも見たんでしょ」
「いやそれは…その」
「見たのか」
馬鹿正直か。
「こういう過激なのが好きなんだ」と棘を含んだ声で言うと「そういうわけじゃねぇけど」と千冬は力無く抗議の声を上げる。「おっぱい大きい歳上のお姉さんがタイプだなんて知らなかったなぁ」嫌味ったらしく言葉を投げつけてしまって少し自己嫌悪。好きにすりゃいいなんて言いながら結局こんなものに嫉妬してるんだ私は。
「…怒んねぇ?」
後ろから抱き竦められて、千冬が何とも言えない表情で覗き込んでくる。何かよく分からないが、コクリと頷けば目の前の唇がゆっくりと動いた。
「似てたから」
「え?なにが?」
「この女優の顔がおまえに似てて、それで、えっと」
だから見ちまった、なんかごめん。私の髪に顔を埋めて申し訳なさそうにボソボソと呟いた千冬は、その後チラチラとこちらの様子を伺ってくる。なんだそれ。私に顔が似てる女優のAV見て、一体一人で何を考えてたの。そんなのナニしかないだろう。いや、待て待て待て。カッと全身の血液が顔に一点集中して燃えるように熱くなった。千冬くんよ、爆弾発言すぎないか。
「そう、ですか」
「オレやべぇこと言った?」
「いや」
「はぁー…嫌われたらどうしようかと思った」
「千冬、どうしよう」
「え?」
おかしい、おかしいぞ私の身体。千冬の腕の中で三角座りをして縮こまる。
「千冬がえっちなビデオ見て私のことを想像してたって知ったら、なんか、えっちな気分になってきた、かも」
ねぇ、どうしたらいい?そう問い掛けると、背後からゴクリと息を呑む音が聞こえた。しばらく何も返事はなかったけれど、触れた背中にバクバクと忙しない鼓動を感じて少し安堵する。
「そ…ッスか」
「そっすかってなに」
「んな可愛いこと言うの、ずりぃ」
上擦った声が聞こえて振り返ると、ぶわりと真っ赤な顔の千冬と目が合った。はやく、どうしたらいいか教えてよ、急かすと突然抱き上げられて身体がふわりと宙に浮く。
「1秒で心の準備して」
1秒とか鬼畜か。心の中でツッコミを入れている間に呆気なく1秒は経過する。再びベッドとこんにちは。首筋にチュッと吸い付いてきた千冬の髪をさらりと撫でる。
床に放置された問題のDVDを一瞥した。へへん、顔が似てるからって私の代わりにされてやんの。パッケージで裸体を晒しあざといポーズを取る女優相手に身勝手なマウントを取ってやった。「千冬は私のだし、ざまぁみろ」子供じみた嫉妬を剥き出しにして、心の中で呟いたつもりがうっかり声に出てしまっていたらしい。
可愛すぎて無理、優しくできねぇ、ごめん、好き、好き
暴走した千冬に優しく甘い言葉を吹き込まれながら、でも激しく身体の奥深くまで暴かれて、もうその後からは正直何が何だか覚えていない。イヤだダメだと暴れるたびに「唇舐めてる」と指摘されて羞恥心で死にたくなった。最悪だ。
short
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