「松野くん!ジェットコースターばっかり乗ってないで、メリーゴーランドに乗ってきて欲しいんだけど!?」
「はぁ!?男一人でメリーゴーランドとかキモすぎ!乗りてぇならヒナちゃんと行ってこいよ!」
「私が乗ったって何の意味もないじゃん!ヒナは可愛いけどさ!」
「いやどう考えてもオレよりオマエの方が需要あるだろ!」
「心配しないで!松野くんの需要はここにある!」
「あ、バカ!引っ張んな!離せコラ!」
「………なんだあれ」
「千夏、ちょっと変わってるけど仲良くしてあげてね」
 可愛らしいメロディーが流れるメリーゴーランドの方へ、ズルズルと力任せに千冬の身体を引き摺っていく女を見て、武道とヒナは薄ら笑いを浮かべる。
 

ゆるふわヤンキー松野くんの実態について


「おかしいなぁ、メリーゴーランドとか好きだと思ったんだけど」
「オマエ、オレを何だと思ってんだよ」
「ゆるふわヤンキー」
「んぐっ…、ごほっ」
 げっそりとした顔でチュロスを齧っていた松野くんはむせ込んで足を止めた。武道くんはブッと吹き出して横でプルプルと肩を震わせている。結局、松野くんはメリーゴーランドに乗ってくれなかった。真顔でメリーゴーランドに乗ってる松野くん、想像しただけでも一生推せたのに。

 松野くんと二人で動物園に行ってからしばらく経ったある日のこと。ヒナから4人で遊ばないかとまさかのお誘いがあった。聞けばどうやら松野くんも武道くんに私とのツーショット写真を見せたらしい。隣に映る女が自分の彼女の友達だと武道くんはすぐに気付いたみたいで。今回の遊園地は武道くんが言い出しっぺだ。本当はあわよくば松野くんと二人が良かったけれど、いやいや、決してそんな贅沢は言っちゃいけない。学校がない日にお顔が拝めるだけでも幸せじゃないか。カメラもしっかり持ってきたし、今日は松野くんコレクション量産デーだ。
「千冬お前…っ、クラスでどんなキャラしてんだよ」
「タケミっち笑いすぎ」
「だって、ゆるふわヤンキーって…ぶはっ」
「よし、シメる」
「ぐぇっ…うそうそ!千冬!悪かったって!」
 とてもいい。クラスにいる時はツンと澄ました感じの松野くんだけど、武道くんといる時は無邪気な悪ガキって感じだ。推しの…新たな一面。武道くんに後ろから覆い被さって首を絞める松野くんにそっとレンズを向けた。けれども、金髪を靡かせてこちらを振り向きかけたからサッとすかさずカメラを懐に隠す。ヒューと白々しく口笛を吹いたって手遅れなことは気付いている。
「盗撮は犯罪だぞ」
「そんなこと、してません」
「罰金としてジュース一本」
「いちごミルクね、りょーかひれふ」
「コーラな」
 話している途中で両頬を引っ張られて、ジトっと蔑んだ目で見下ろされる。なるほど、その表情も悪くない。ナイスの意味を込めてグッと親指を立てると、それを了承の意だと受け取った松野くんは「よろしい」と満足げにそう言った。可愛い。
「ヒナ、自販機付いてきて」
「いいよ!武道くんは?何か飲む?」
「んー、じゃあ、ヒナが飲みたいので」
 はぁい、と返事をしたヒナは幸せそうに微笑んで私の隣に駆け寄ってくる。おお…すごい、飲み物シェア、まさにカップル!って感じ。結局ヒナは武道くんが好きだからとサイダーを一本買っていた。私の親友は可愛いだけじゃなくて"できる女"なのである。今後、私にも満を持して春が来た際には是非とも参考にさせて頂こう。コーラを片手にふむふむと頷いていると「戻るよ」と腕を引かれて、よろけた体勢を慌てて立て直した。
 男子二人が待つベンチに戻って、松野くんにシュワシュワの茶色い液体が入ったペットボトルを手渡す。差し出された手は安定の萌え袖だ。今日の松野くんはカジュアルモード。フード付きパーカーの上にブラックのブルゾン。動物園の時とは少し違った雰囲気。ていうか、松野くん、夏になって半袖着てるのが想像つかないな。年中長袖なのかな。だから肌白いのかな、それとも元々色白なのかな、やっぱりほっぺた、雪見だいふくみたいだな。キャップをプシュッと開けて、ボトルを傾けコーラを飲む松野くんのほっぺたを凝視する。白くて、もちもち。
「?オマエも飲む?」
「え?ああ、ありがと」
 目の前に差し出されたペットボトルを受け取って、シュワシュワと弾ける液体を喉に二口分流し込む。松野くん、手も白くて綺麗だよなぁ。不良は卒業したって言ってたから、昔は悪さしてたんだろうけど、それにしては綺麗な手してる。
「………なぁ千冬、お前ってもしかして、そういうのめっちゃ鈍い?」
「あ?そういうのってなんだよ」
「いやだってそれ……やっぱいいや」
「言えよタケミっち、気になるだろ」
「やめとく」
「はぁ?」
 コソコソと松野くんに耳打ちをする武道くんを見て、不思議に思った私はヒナに目を向ける。ヒナは何故か悩ましげに額を手で抑えていた。松野くんからキャップを預かってペットボトルの蓋を閉めつつ私は怪訝な顔を晒す。何か馬鹿にされているような気がするけど、まぁいいか。気を取り直して自分のバッグにコーラを放り込んだ。松野くんはバッグを持ってないからずっと手で持ってるのは邪魔だろうし。
「松野くん、飲みたくなったら言って」
「おー、サンキュ。次何乗る?」
「メリーゴーラン」
「却下。ヒナちゃんどっか行きたいとこある?」
 ブスくれた私のおでこに軽くデコピンをした松野くんは振り返りヒナに問い掛ける。武道くんとコソコソ内緒話をしていたヒナはビクリと肩を跳ねていた。武道くんと二人で回りたいのかな。私も松野くんと二人きりがいいから、ウェルカムなんだけど。
「今期間限定でやってるお化け屋敷、面白そうじゃない?」
「へぇ、そんなのやってんだ」
「結構クオリティ高いらしいぜ」
「次それ行きたいなぁ」
 は?正気か?ヒナ。私がそういうホラー系とかグロ系が苦手なの知ってて言ってるのか?ヒナ?
「ヒナ?」
「大丈夫だって千夏、ほら、男子二人いるし」
 いや何が大丈夫なのか分からない。男がいればお化けは私に優しくしてくれるのか?私とヒナのやり取りを見て何かを察した松野くんはにやにやと人の悪い笑みを浮かべる。いや、そんな、待って。
「あ…あー!私お腹痛くなってきた!お手洗いに行ってきます。先に三人でお化け屋敷行ってていいよ!私、多分物凄く時間がかかるから、間に合わないかもしれないけど…仕方ないよね?残念だなぁ、」
「オレが守ってやるから安心しろよ」
 園内を見渡してトイレマークを必死に探していると、松野くんに手を掴まれる。それは…それは少女漫画で予習したセリフですか…!?そういうのは、ここぞという時にキメ顔で言うものだよ、松野くん!表情とセリフが一致してない。めちゃくちゃ下衆な顔してるもの。置いていく気だ。お化け屋敷の中で震える私を見て嘲笑う気だ…!
 ぎゃー!と叫ぶ私を松野くんは容赦なく引き摺って行く。謝るから、さっき無理矢理メリーゴーランドに乗せようとしたこと、謝るから。一歩後ろで並んで歩くヒナと武道くんに助けを求めても、ニッコリと微笑ましい表情を向けられるだけだった。何故そんな穏やかな表情なんだ。
「二人ずつ、ペアに分かれて下さい」
 ちょっと待ってよ、話が違うじゃん。
「ひ、ひな…」
「ヒナ、武道くんがいい」
「ひなぁ…」
 ヒナに腕を組まれた武道くんはポッと頬を赤らめる。崖から突き落とされたような気分だった。松野くんと二人きりになりたいなんて思ってたけど、そうじゃないんだよ。今は二人にしないで、置いてかれちゃう。松野くん、「楽しみだな」ってずっと意地悪な顔してる。先にお二人どうぞ、と案内されて、松野くんに手を固く握られたまま、私は暗闇に引き摺り込まれていった。中に入ってしまえばもう逃げ場はない。松野くんもそれを分かってるから、バタン、と後ろで扉が閉まった瞬間に私の手を離した。酷い。
「……………」
「うわ、たしかに結構リアルだな」
 顔面の皮を剥がれていたり、頭部が抉れていたり、目玉が片方なかったり、そんな人型の模型が足元にたくさん転がっている。作り物だと分かっていても気分が悪い。松野くんは至って冷静で、すたすたと軽快に歩みを進めていく。
「ま、まつのくん…」
「ふは、ビビりすぎ」
「うう…ここ、動く人は驚かしてこないよね?」
「さぁ、どうだろうな」
「松野くん、置いていかないでね。お化けが襲いかかってきたらブン殴っていいよ。大丈夫、私が許可する」
 殴るのはヤベェだろって松野くんはカラカラ笑ってる。その時、私達より前に入った客の劈くような悲鳴が聞こえてきて「ヒィッ」とみっともない声を上げた。来る、もうちょっとでお化けが来る…!そう思うと前に踏み出す足がどんどん重くなっていく。松野くんの腕にしがみつきたい。背中にへばりつきたい。
『ハァ、千夏さん、過度な思わせぶりはダメだと思います』
 でも何故かこんな時にヒナの言葉を思い出して、松野くんに縋り付くことが出なかった。そうだよ、そういうんじゃないんだから、ベタベタ身体に触るのは違うでしょ。ああでも怖い。
 頭を抱えて俯きながら、でも松野くんの足を見失わないように視界の端でしっかり捉えて、無心に歩く。瞬間、ガタン、と身体の右側から音がして心臓が縮こまった。見ちゃ、ダメだ、見ちゃ…結局怖いもの見たさで振り返った。開いたボロボロの窓から、顔面が半分抉れたグロテスクな人間と視線がかち合う。あ、これ、追いかけてくるやつだ。
「……ッ!!!」
 意味のない奇声を上げながら、窓に足を掛けて身を乗り出してくる顔面半分グロテスクマン。最近の特殊メイク技術は凄いですね、なんて感嘆してる余裕は微塵もない。驚きの余り声も出せずに、腰が抜けてドスンとその場にしゃがみ込んだ。これを楽しいと思える人間の気がしれない。お陰様で寿命が十年縮んでしまったじゃないか。
「うおッ、ビビったぁ」
 松野くんだってビビってんじゃん。視覚も聴覚も、全てを遮断して身体を丸め蹲る。早くここから出たい。至近距離で見てしまったグロテスクな顔面が脳裏に焼き付いて最悪だった。びっくりしすぎて涙が出てきたし、いやもうこれはもう号泣案件。あ、ヤバい、嗚咽が。
「おい、千夏ッ」
 何度も呼ばれていたのに、聞こえていなかったらしい。松野くんの大きな声が聞こえて、ふと我に返る。
「……なに」
「立てるか?」
「もう…やだよ、勘弁してよ、松野くん」
 手探りで手を伸ばして近くに見つけた服をキュッと掴む。腕を引かれてズピッと鼻を啜っている間にリタイア口からお化け屋敷の外に出ていた。情けない。日差しが目に刺さって瞬くと目の縁に溜まった涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。松野くん、私が遊園地のお化け屋敷なんかでガチ泣きしてるからドン引きしてんだろうな。
「ごめん…まだ序盤だったのに…」
「わりぃ、そんなに苦手なら無理矢理は良くなかったわ」
「引いたよね、キモいよね、ガチ泣きして」
「いや、かわ…」
 突然松野くんの声が途切れたから何事かと顔を見上げる。目を大きく丸めたまま、困惑した表情で固まる松野くんがいて益々よく分からなかった。「そこのベンチに座ってろ」と言われて素直に腰掛けると松野くんは私一人を残してどこかへ消えてしまう。
「ヒナ達、まだまだ出てこないよなぁ…」
 ヒナ達の方が順番後だったし、私達は序盤でリタイアしたし、松野くんにつまらない思いをさせてしまったかもしれない。悔い改めなければ、と小さく溜息を溢した。今日から毎日ホラー映画でも見て克服しようか。そしていつか松野くんとお化け屋敷リベンジを。
「あ、おかえり」
「もう泣き止んだ?」
「うん。ソフトクリーム?お腹空いてたの?」
「オレじゃなくて、千夏に」
「?ありがとう?」
 お化け屋敷で泣きグズってソフトクリームを渡されるなんて私は幼稚園児か?恥ずかしいな。ソフトクリームを受け取って少し溶けかけた部分をペロリと舐めあげた。松野くんはぽすりと私の隣に腰掛ける。甘い。個人的にはソフトクリームを食べる松野くんを拝みたかったけど。後でお返しに買って渡そうかな。ていうか、
「何で急に名前呼び?」
「分かんねーけど、なんとなく…?」
「松野くんってアレだよね、私と反対みたいな名前してる」
「それ入学初日にオレが言ったじゃん」
「そ、そうだっけ…」
 聞いてなかったのかよ、と呆れた顔を向けられる。いや、松野くんのせいだ。松野くんの特技が衝撃的すぎたから意識が遥か彼方にぶっ飛んでいってたんだ。
 松野くんの下の名前は、千冬。
 え…?ちょっと待って。千冬って、なに。今までスルーしてたけど、漢らしくて不良じみた松野くんにしては名前がゆるふわすぎないか。千冬?千冬!?ちふゆ!?
「……っ、千冬!?」
 突然大声で名前を呼ばれた松野くんはギョッとして少し仰反っている。「え、なに」って…え、なに?はこっちのセリフなんだけど。なんてことだ、盲点だった。字が綺麗な事に気を取られてスルーしていたけれど、そもそも名前自体のギャップが凄いじゃないか。どうして、どうして今まで気付かなかったんだ私。
「それ、はやく食わねぇと溶けちまうぞ」
「ちふゆ…ちふゆ、ね」
「なんだよ」
「ねぇ、私も名前で呼んでいい?」
 ソフトクリーム片手に前のめりになる。名前を呼ぶ度にギャップを感じられるなんて、素晴らしい。溶けたソフトクリームが服に垂れやしないかと気が気じゃないのか、松野くんはハラハラとした表情で雑に「うん」と頷いた。それに気付いたから、垂れても大丈夫なようにコーンを掴んだ手を地面の方に避ける。
「へへ、千冬」
 晴れて許可が出たので、にやけてゆるんだ口元でその名を改めて呼んでみた。携帯の中の松野くん専用フォルダの名前も、松野くんから千冬に変えよう。我ながら気持ち悪い。
「千冬、ちふゆ」
「………」
「ちふ…っ」
 調子に乗って名前を呼びまくっていると突然視界が真っ暗になってヒュッと息を飲む。お化け屋敷の暗がりを思い出して指先が微かに震えたような気がした。慌てて顔の周りをベタベタと弄ると頭に深く帽子を被せられていることに気付く。なにこれ。松野くん…千冬が被っていたキャップ?
「?」
 なんで帽子?キャップの鍔を持ち上げて周囲を見渡すと、隣でパーカーのフードを掴んで深く被り顔を隠すように俯く千冬がいる。お?松野くんの何考えているのか分からないモード発動か?よく分からないけれど、気が付けばソフトクリームが地面に白い斑点を作っていたからそろそろ食べなきゃとドロドロの甘い塊に齧り付いた。
「あはは、武道くんビビりすぎだよ」
「はぁ!?び、ビビってねーし!」
「ウソだぁ」
「あ、戻ってきた」
 目に薄らと涙を浮かべた武道くんとあっけらかんとしているヒナが無事呪いの館から帰還する。出口まで辿り着けたのか。すごいなぁ。やっぱり特訓してリベンジを、と心の中で一人意気込んだ。
「千夏、どうだった?」
「一つ目のリタイア口から出てきたよ」
「一つ目!?マジで!?」
「マジだよ武道くん、だから泣きながらでも最後まで駆け抜けた君は勇者だ」
「なっ、泣いてねーし!」
「大丈夫、千冬もビビってたよ」
「バカ、言うなよ」
 被っていたフードをバサリと投げるように脱いだ千冬はほっぺたを少し膨らませて私を小突く。なんだそのほっぺた。いよいよ食べてやろうか。縮まってる…縮まってるね…、またもや顔を寄せ合ってコソコソと話す武道くんとヒナ。微かに交わす会話が耳に届いて首を傾げた。確かに、寿命と心臓は縮まったけども。
「もう16時か〜」
「乗り物ほとんど乗ったし、そろそろ出よっか」
「先に出口向かってて、これ食べ終わったらすぐ追っかける」
 腕時計から視線を上げた武道くんに食べかけのソフトクリームを掲げて見せる。おっけー、と軽い返事をした武道くんはヒナの手を掴んで背を向けた。
「千冬も、先行ってていいよ」
「オマエが食い終わるの待ってる」
「一口、いる?」
 ひょいっと千冬の口元にまだ齧っていない綺麗な部分を寄せてみる。待たせるのが申し訳ないと思ったから提案してみたけど、よく考えれば他人が舐めたソフトクリームなんて気持ち悪いな。聞いてから3秒でそれを自覚したから、やっぱりあげない、と手を引っ込めようとした。
「……………」
「あま」
 引っ込めようとした手を掴まれたかと思えば、千冬は何でもない事のようにソフトクリームに齧り付く。潔癖とかではないらしい。脳内メモ。それよりも、あの、
「千冬、それ…わざと?」
「あ?」
 バッグから取り出したティッシュを一枚抜いて、千冬の鼻に押し付ける。計算でも何でもなく素でやってるんだとしたら恐ろしい。ねぇ、どんな食べ方をしたら鼻にソフトクリームが付くんですか?お金を払ってもいい。萌え袖から何から何までそのあざとい技を全て伝授して欲しい。そうすれば私は瞬く間にモテモテ女子になれるだろう。胸を押さえながら「ぐっ」と呻き声を出す私の側で千冬は恥ずかしそうに鼻の先をティッシュで拭っていた。あ、ミス、今の写真撮っとけばよかった。
「今日、楽しすぎて全然写真撮れてないや。千冬、今一枚撮っていい?こっち向いて」
 ワッフルコーンの先っちょ、最後の一口を口内に放り込んでカメラのレンズを千冬に向ける。正面から伸びてきた手がカメラを鷲掴んだ。メシメシと聞こえてはいけない音がして悲鳴を上げる。ちょ、壊れる、ホントに壊れる。
「オレの写真なんか撮ってどうすんだよ」
「どうもしないよ、見て幸せになるだけ、目の保養ってやつ。千冬だって、可愛い芸能人見たらテンション上がるでしょ」
「いやオレ芸能人じゃねぇし」
「私にとってはアイドルだよ」
 解せない、と顔を顰める千冬をカメラに収めて、よっこいせと老人じみた掛け声に合わせてベンチから立ち上がる。そろそろ行かなきゃ、武道くんとヒナを待たせちゃう。一息置いて立ち上がった千冬はするりと私の手のひらに手を重ねた。

 ゆるふわヤンキー松野くん、本日の実態調査結果。案外意地悪なことと、手を繋ぐのが好きで甘えたさんなことが判明。今更ながら名前がゆるふわ。潔癖症ではない。あとソフトクリームを食べると鼻に付けるあざとさがあることを知ったので、定期的にソフトクリームを奢り続けることとする。 
 以上。



「当然のように手繋いで来たんだけど…なんであれで付き合ってねぇの?」
「知らない、そういうのじゃないんだって」
「ヒナ…オレ、千冬があそこまで鈍いって知らなかったわ…」
「鈍いままでいた方がいいよ、今のところあの子、全くそんなつもりないから」
「マジ?女って怖ェ〜……」
「これは嵐の予感ですね?」
 眉間に人差し指を立ててクイッと眼鏡をかけ直す仕草をするヒナを見て、武道はゴクリと生唾を飲み込んだ。




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