色づく頬





その日の私は上機嫌だった。



丸いお盆を持ち、屯所の長い廊下をとたとたと軽い足取りで歩く。
お盆の上にあるお皿には、満月のようにまるまるとした大福がちょこんとかわいらしくのっかていた。
昼ごろ、島田さんが私にわけてくれたのだ。
甘いものに目がない私にとって、それはとても嬉しいおすそわけだった。


「寿安堂の大福って、人気だからすぐ売れちゃってなかなか食べれないんだよな」

たくさんもらったし、せっかくだからみんなと一緒に食べよう。
巡察中の隊はともかく、暇をもてあましているのは、大体広間に集まっているはずだ。
そう思って、廊下の角を曲がる。
すると、前からこちらに向かってくる人物がいた。


「あれ、瑞希ちゃん」




沖田さんだった。







私は彼の姿を認めるなり、くるりと背を向けて廊下を戻る。

以前、沖田さんに私の持っていたお菓子を全部持っていかれたことを思い出したからだ。それに、嫌いではないが彼のことは苦手だった。


「何で逃げるの?」

楽しげな声とともに後ろから抱きしめられ、あっさりとつかまってしまう。
長身の彼の腕の中に、私はすっぽりと包み込まれる形になった。

「沖田さん……」

振り返ると、あごを私の右肩の上にのせた沖田さんと目が合う。
彼は、猫のように目を細めて笑った。
いつもの意地の悪い笑みだ。

「それ、大福?」

私の手元を覗き込みながら沖田さんが言う。

「……みんなに分ける分なので、前みたいに全部持っていかないでくださいよ」

私はキロリと彼をにらみつけ、釘をさす。
そんな不機嫌そうな私の顔を見て、沖田さんはあははと笑った。

「安心しなよ。今日は全部持って行ったりしないから」

だから僕にも一つちょうだい?


そう言って、沖田さんは機嫌よくにこにこと笑う。

何かたくらんでいる顔だ。
嫌な予感がして、私は彼の腕の中で身じろきした。

「なら、手離してください」

しかし、解放されるどころか、ますます強く抱きしめられた。

「やだ。だって君、手を離したら逃げるつもりでしょ?……食べさせてよ」

ん、と彼は私のほうへ口を寄せる。
やわらかそうな唇に、一瞬目が釘付けになった。

「どうしたの?」

沖田さんの不思議そうな声。
じっと見ていたことに気がつき、私ははっとして顔を背けた。


どうしよう。
沖田さんはいったん言い出しすときかない人だから、私が食べさせるまで、きっと彼はこのままでいるつもりなのだろう。


…それは困る。


私はあきらめてため息をつくと、お皿の上から大福を一つとって、彼の口元へ運んだ。
まるで親鳥にでもなったみたいだった。
私は半ば投げやりに言う。

「はい、どうぞ」

沖田さんはあーんと口を開けて、大福を口に含んだ。
おいしそうにもぐもぐとそしゃくする。

「ん。おいしいね」

満足げな表情。
私はそれを見てほっとした。


これでやっと解放される。


そう思っていると、


「瑞希ちゃん」


沖田さんに名前を呼ばれ、するりと頬に手をすべらされた。
長い指が私の頬を包む。

「え」

そしてそのまま彼の方へ顔を向かされ、








ちゅ







頬に口付けられた。
柔らかな感触が感じられ、すぐに遠ざかっていく。


いきなりのことに驚き、私は声も上げられずにかたまった。

「ごちそうさま」

笑みをふくんだ声が耳元をかすめ、背中にあった熱と重みが離れていく。
すれ違いざまにみた沖田さんの顔は、悪戯に成功した子供のような表情をしていた。


私は顔に熱が集まるのを感じ、口付けられた頬を手でおさえる。



やっぱり彼のことは苦手だ。


彼を前にすると、余裕がなくなってしまう。
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