近いのに、遠い


何もかも、捨ててしまえればいいのに。
そう思った。



開いたままの部屋の中をのぞけば、瑞希が居た。

「佐助」

その目の前には、衣文掛けにかかった純白の着物がある。
胸をひっかかれたような痛みがさいなんだ。
入りたくない。そう思ったが、手招きする瑞希に反抗することはできず、部屋の敷居をまたいでその傍に座った。

「婚儀は一月後に挙げることになったよ」

己が一月後にまとうであろう花嫁衣裳をじっと見ながら、瑞希が言う。
なんの暗さもない声だった。どころか、強い決意さえ感じられる。
自分の眉間がよるのが分かった。淡い想いを寄せながら、いつかこんな日がくるのではないかと思っていたが、ついに恐れていた日がきた。
瑞希は真田の姫だ。
立場に見合うしかるべき相手と結婚し、場合によっては家のために政略結婚をしなければならない。それが、務めだ。
対して自分は、真田家に仕える忍だ。
家臣と主人の妹。
想いを伝えるには、はじめから身分が違いすぎた。
せめてそばに、という願いもこれで絶たれることになる。いっそ全てを捨てて想いを告げようかと思ったりもしたが、そうするには自分は理性的すぎた。
立場を捨てることは、できない。
それに、何よりも瑞希はもう腹を決めているようだった。揺らぐことの無い目が、それを物語っている。
瑞希は一度決めたことは覆さない。たとえ今自分がじたばたとしても、きっと彼女は結婚をとりやめてはくれないだろう。
これは、自分だけの問題じゃないんだ。
困った顔をしてそう言うであろう瑞希の顔が浮かんで、言い出せなかった。困らせたくはなかった。
だから、

「おめでとう」

嫌だという言葉を必死に押し殺した。

(近いはずの距離が、どこまでも遠く感じられた)
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