花風



頭上から、はらはらと白い欠片が落ちる。
それは黒いアスファルトの上に何枚も降り積もり、白い絨毯を作り上げていた。時折強い風が地面を撫でていくのに合わせて舞い上がり、くるくると舞ってまた落ちる。
風でふわりと上がった前髪を押さえ、佐助は溜息をもらした。
鎌之介…まだ。
待ち合わせの時間からもう15分ぐらい経っているのだが、待ち人が来る気配は一向にない。
もうすぐバスが来るころだというのに。もしかして、まだ寝ているのだろうか。…十分ありえる。
腕時計の時刻をながめながら、佐助はまた嘆息した。
仕方ない。今日は入学式で遅れるわけにはいかないのだ。鎌之介はおいていくしかないだろう。
足元に置いていた鞄を拾い、佐助はすぐそこにある乗合所へ歩き出した。白い花びらが敷き詰められた地面を踏む。と、
ちりりん。
澄んだ音が背後からした。自転車のベルの音だ。
狭い坂道の歩道は人二人がやっと通り過ぎられるぐらいの幅で、その真ん中を佐助は歩いていた。邪魔になってしまっていたらしい。すぐに脇へよると、車輪の回る音ともに風が横を通り過ぎた。
その途中、目があった。

「あ」
「ごめんね!ありがとう!」

風に髪とスカートのすそをなびかせ、自転車に乗った彼女はものすごいスピードで坂を下っていった。
自転車の勢いで巻き起こった風が、ふわりと地面の花びらを舞い上げる。
ひらひらと白い欠片が降るなか、佐助は突然のことに呆然としていた。
あっという間の出来事だった。
顔なんてまともに見れなかった。見れたのは、少し明るい色をした彼女の目と笑った口元だけ。なのに、
…なんでこんなに、どきどきする?
胸に手をあて、自分の鼓動の速さに驚く。そして、自覚した。
そうか。これが”一目惚れ”というものか、と。
突然風とともに訪れた甘い疼痛に、今は翻弄されるばかりだった。

(名も知らぬ君に恋をした)
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