伝わる熱




部屋を出ようとしたところで、袖を引かれた。
驚いて後ろを振り返ると、瑞希が俺の袖を握っているのが見えた。


「あ…その…」


視線が合うと瑞希は戸惑ったように瞳を揺らし、弾かれたように袖から手を離す。
自分でも何故そんな行動をしたのか、よく分かっていないようだった。
…確かに、いつもの彼女らしくない行動だ。
どうかしたのか、と目顔で問えば、ふらふらとさまよわせていた視線を畳の上に落とし、俯いてしまう。


「その……もう少し、一緒にいて…?」


やっとのことで振り絞られただろう声は蚊が鳴くように小さく、結った髪の隙間からのぞく耳は真っ赤に染まっていた。

いつも強気で、意地っ張りな彼女。
そんな彼女の普段は決して見せない姿に俺は可愛い、と思う。
他の者の前だったら「別に、何でもない」とそっけなく言っているのだろうが、俺の前でだけはこうやって素直になってくれる。
それがどうしようもなく愛おしくて、こみ上げてくる暖かな感情に自然と唇の端が上がるのを感じた。


「…もう少しだけだぞ」


夜の巡察に出るまでまだ時間がある。もう少し一緒にいても大丈夫だろう。そう思って瑞希の前に座りなおす。
俺がたてた衣擦れの音に、瑞希がちょっと顔を上げた。
嬉しそうに綻んだ顔。
いつもの人を食ったような笑みではなく、花が咲いたような優しげな瑞希の笑みに、心臓が高鳴った。

もっと。
もっと俺にだけ、瑞希の色々な表情を見せて欲しい。

その情動のまま、そっと瑞希の頬に手を滑らせて上を向かせる。
触れた頬はとても熱かった。


「瑞希」
「…なに?」
「触れてもいいか?」


了承の代わりに、俺の頬にも瑞希の手が滑る。
ひんやりとしていて気持ちいい。いや、俺の顔が熱いのか。
お互い真っ赤に染まった顔を見合わせ、ほんの少し笑うとどちらともなく唇を寄せた。




「好きだよ、一君」



離れる間際に、そう囁かれる。

ああ、俺も。



「好きだ、瑞希」
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