口紅
夏の盛りも過ぎ、猛烈な暑さもようやくやわらいできた頃。
「その口紅、どうしたんですか?」
いつものように彼氏の家のソファで寝そべっていたら、後ろから二人分のコップをもった彼氏に尋ねられた。
手渡されたコップを受け取りながら「ああ、これですか」とさっきまで自分がもてあそんでいた口紅を六郎さんに渡す。
「この間お盆のときに姉が帰省してきたんですけど、そのときにもらったんです」
某コスメブランドのリップスティック。
友達からもらったものの自分には似合わない色だから使っていなかったけど、私に似合うんじゃないかとくれたのだ。
六郎さんがキャップをはずして中の口紅の色を見る。ほんの少しコーラルよりの淡いピンク。その色とかわいいケースが私はすっかり気に入ってしまっていた。
でも。
「使わないんですか?」
「はい。…なんだかもったいない気がして」
なかなか使えずにいるのだ。
普段あまり化粧をすることがないし、それにこんな高級ブランドの口紅、おそれ多くて頻繁に使えない。
「そうですか」
六郎さんは頷き、口紅をもとに戻す。
返してもらえると思って私は腕を伸ばす。しかし、その手に口紅はなかなか返ってこなかった。あれ?と思って仰向けの状態から上を見上げると、頭上に蟲惑的な笑みを浮かべる六郎さんがいた。
「せっかくですし、つけてみませんか?」
自分でするって言ったのに…。
ふくれっつらの私の心中などおかまいなしに、柔らかな刷毛の先が唇をなぞる。
背筋をぞくぞくしたものが這い上がってくるようで思わず顔をうつむかせると、おとがいをつかまれ上向かせられた。
「瑞希さん、塗りにくいでしょう。真っ直ぐ向いてください」
至近距離に整った顔が見える。
目は伏し目がちにされ、長い睫の影が頬に落ちている。自分よりよっぽど綺麗な顔に唇だけを注視され、顔がほんのりと熱を持つのが分かった。
なんだろう。
口紅塗ってもらうのって、こんなに恥かしかったっけ?
妙な緊張から汗ばむ手でスカートをつかみ、ほんの少し視線をそらしながら六郎さんに言う。
「…だって、くすぐったいんですもん」
「がまんしてください」
そんな私の気持ちを知ってから知らずか、六郎さんはいつもの調子でさらりとそう言うと、再び刷毛を動かし始めた。
いや、心なしか口元が緩んでいるところを見ると、知っていながらやっているようだ。
最近分かってきたことだけど、この彼氏、時々意地悪なときがある。
赤くなった顔見られたくないんだけど…
しかし、おとがいをつかむ手によってうつむくことができず、結局私はなされるがままになる。ほんの少しの時間のはずなのに、妙に時間が長く感じられた。
「できましたよ」
その声にしたがって正面に視線をやると、六郎さんが持った手鏡に自分の顔がうつっていた。
見慣れた自分の顔だけど、口紅によって唇がほんのりと色づき、少し大人っぽい雰囲気になっている。
かわいい感じになるかと思っていたけど、意外と落ち着いた感じだ。
「ラメとかが入っていないからですかね」
素直な感想を言うと、六郎さんはまた私のおとがいをつかみ、右へ左へと向かせてラメが入っていないことを確認する。
さっきよりも至近距離に顔を近づけられ、私はまたどきどきして視線をそらした。かすかに唇に吐息がかかる。
ちらりと視線をやると、ばっちり視線が合った。
熱っぽい瞳に絡めとられる。
気がつくと、いつの間にか唇に柔らかいものが押し当てられていた。
それは何度か角度を変えて私の唇をついばむと、そっと離れていった。
六郎さんの唇には、ほんのりとリップのあとがついている。それが妙に艶っぽくて、またどきどきした。
って、そんなことより、せっかくひいたのになんで台無しにするんですか!?
「ろ、六郎さん!」
抗議をするために声を上げかけると、熱い吐息が唇にかかった。
「すみません」
見上げれば、いつになく余裕のない様子の六郎さんの顔。
「もう一回してもいいですか?」
ほんの少し躊躇した後。私は抗議の声を飲み込み頷いた。
あとがき
天使満月様、27000hitのキリリクありがとうございました!
更新に一月以上もかかってすみませんでした。
甘甘というリクエストでしたが、若干お砂糖が足りなかったかもしれません;
精進いたしますので、これからもLilacをよろしくお願いします(´ω`)
口紅
夏の盛りも過ぎ、猛烈な暑さもようやくやわらいできた頃。
「その口紅、どうしたんですか?」
いつものように彼氏の家のソファで寝そべっていたら、後ろから二人分のコップをもった彼氏に尋ねられた。
手渡されたコップを受け取りながら「ああ、これですか」とさっきまで自分がもてあそんでいた口紅を六郎さんに渡す。
「この間お盆のときに姉が帰省してきたんですけど、そのときにもらったんです」
某コスメブランドのリップスティック。
友達からもらったものの自分には似合わない色だから使っていなかったけど、私に似合うんじゃないかとくれたのだ。
六郎さんがキャップをはずして中の口紅の色を見る。ほんの少しコーラルよりの淡いピンク。その色とかわいいケースが私はすっかり気に入ってしまっていた。
でも。
「使わないんですか?」
「はい。…なんだかもったいない気がして」
なかなか使えずにいるのだ。
普段あまり化粧をすることがないし、それにこんな高級ブランドの口紅、おそれ多くて頻繁に使えない。
「そうですか」
六郎さんは頷き、口紅をもとに戻す。
返してもらえると思って私は腕を伸ばす。しかし、その手に口紅はなかなか返ってこなかった。あれ?と思って仰向けの状態から上を見上げると、頭上に蟲惑的な笑みを浮かべる六郎さんがいた。
「せっかくですし、つけてみませんか?」
自分でするって言ったのに…。
ふくれっつらの私の心中などおかまいなしに、柔らかな刷毛の先が唇をなぞる。
背筋をぞくぞくしたものが這い上がってくるようで思わず顔をうつむかせると、おとがいをつかまれ上向かせられた。
「瑞希さん、塗りにくいでしょう。真っ直ぐ向いてください」
至近距離に整った顔が見える。
目は伏し目がちにされ、長い睫の影が頬に落ちている。自分よりよっぽど綺麗な顔に唇だけを注視され、顔がほんのりと熱を持つのが分かった。
なんだろう。
口紅塗ってもらうのって、こんなに恥かしかったっけ?
妙な緊張から汗ばむ手でスカートをつかみ、ほんの少し視線をそらしながら六郎さんに言う。
「…だって、くすぐったいんですもん」
「がまんしてください」
そんな私の気持ちを知ってから知らずか、六郎さんはいつもの調子でさらりとそう言うと、再び刷毛を動かし始めた。
いや、心なしか口元が緩んでいるところを見ると、知っていながらやっているようだ。
最近分かってきたことだけど、この彼氏、時々意地悪なときがある。
赤くなった顔見られたくないんだけど…
しかし、おとがいをつかむ手によってうつむくことができず、結局私はなされるがままになる。ほんの少しの時間のはずなのに、妙に時間が長く感じられた。
「できましたよ」
その声にしたがって正面に視線をやると、六郎さんが持った手鏡に自分の顔がうつっていた。
見慣れた自分の顔だけど、口紅によって唇がほんのりと色づき、少し大人っぽい雰囲気になっている。
かわいい感じになるかと思っていたけど、意外と落ち着いた感じだ。
「ラメとかが入っていないからですかね」
素直な感想を言うと、六郎さんはまた私のおとがいをつかみ、右へ左へと向かせてラメが入っていないことを確認する。
さっきよりも至近距離に顔を近づけられ、私はまたどきどきして視線をそらした。かすかに唇に吐息がかかる。
ちらりと視線をやると、ばっちり視線が合った。
熱っぽい瞳に絡めとられる。
気がつくと、いつの間にか唇に柔らかいものが押し当てられていた。
それは何度か角度を変えて私の唇をついばむと、そっと離れていった。
六郎さんの唇には、ほんのりとリップのあとがついている。それが妙に艶っぽくて、またどきどきした。
って、そんなことより、せっかくひいたのになんで台無しにするんですか!?
「ろ、六郎さん!」
抗議をするために声を上げかけると、熱い吐息が唇にかかった。
「すみません」
見上げれば、いつになく余裕のない様子の六郎さんの顔。
「もう一回してもいいですか?」
ほんの少し躊躇した後。私は抗議の声を飲み込み頷いた。
あとがき
天使満月様、27000hitのキリリクありがとうございました!
更新に一月以上もかかってすみませんでした。
甘甘というリクエストでしたが、若干お砂糖が足りなかったかもしれません;
精進いたしますので、これからもLilacをよろしくお願いします(´ω`)