過去拍手【六郎】



半分にかけた月が綺麗な夜だった。
妙に目が冴えて寝付けず、渡り廊下に腰掛けてそれを眺めていると、廊下の奥のほうからひたひたという足音が聞こえてきた。
誰だろうと思って振り返れば、奥の暗がりから六郎がやってくるところだった。


「六郎」
「こんばんは」

「隣に座ってもいいですか?」そう聞いてくる六郎に、わたしはこくりと頷く。
白い襦袢姿の六郎は普段にまして色っぽく、座るときにたつ衣擦れの音にどきりとした。

「いい月ですね」

月明かりに照らされて、六郎の白い横顔が夜闇のなかにぼんやりと浮かぶ。
じょじょにあがっていく体温を意識しながら、わたしは平静を保とうとし、それに返す言葉を必死に考えた。しかし、上手く返す言葉が見つからず、結局ありきたりな返事を返すことしかできなかった。

「…六郎も眠れないの?」
「ええ、まぁ」

寝つきのいい彼にしては珍しいことだ。ぼんやりと月を見上げてそう思っていると、頬にするりと滑り込んでくるものがあった。
少しひんやりとしていて筋張ったそれは、六郎の手のひらだった。
驚いて振り返ろうとすると、六郎の体がすっと近づいてきて、耳元に唇を寄せられた。
吐息とともに、ほんの少しかすれた声が吹き込まれる。

「あなたの夢を見たら、どうしてもあなたに会いたくなってしまった…と言ったら、どうします?」

私の眠りを妨げた責任、ちゃんととってくださいね?
微笑みとともに付け足された言葉に、わたしは今度こそ真っ赤になった。
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