過去拍手【沖田2】


バスの後ろの窓から、遠ざかる校舎が見えた。
今まではただの灰色のコンクリートの箱としか見ていなかったけど、こうなってみるとそれはまた別のものに見えた。
嬉しかったことも、悲しかったことも、楽しかったことも、辛かったことも、わたしの3年間が全部あの箱のなかにつまっている。
入学式の日に緊張しながら教室に入った1年生のときのこと。
夏の日にささいなことで友達とケンカしてしまった2年生のときのこと。
志望校に入るために放課後も図書室に残って勉強していた3年生のこと。
通いなれた道がどんどん遠ざかっていく。後ろへ流れていく景色を見ていると、それにあわせて今までのことが思い出されるようで、また鼻の奥がつんとした。
頭の上から声が降ってくる。

「また泣きそうになってるの?」
「違うし」
「嘘。別れの歌のとき思いっきり泣きそうになってたでしょ」

こぼれそうになる涙をぐっとこらえて総司の言葉を否定すると、卒業証書でぽこりと頭を叩かれた。
地味に痛い。見上げるとやれやれとでもいうような顔をした幼なじみがいる。

「そういうかわいくないところも、卒業したほうがいいよ?彼氏できないよ」
「…よけいなお世話ですー。そういう総司だっていい加減いけずなところ卒業しないと彼女できないよ」
「僕のどこがいけずだって?」
「だからそういうところ!」

さっきから笑顔でぽこぽこと人の頭を証書の筒で叩くところがだよ!
証書を奪い取ると「残念」とでもいうように総司は手を広げてみせる。
まったく。
一瞬の怒りのおかげで涙はすっかりひっこんでいた。総司のおかげで余韻ぶち壊しだ。
怒ったふりをしてしばらく部活の後輩からもらった色紙や手紙を見ていると、唐突に総司がぽつりと言った。

「まぁ、でも。確かに一つ卒業しなければいけないことはあるかもね」

どことなく決意をこめたような声。気になって見上げると、窓の外を見ていた総司の視線がこちらに合わさった。
いつの間にか手紙や色紙のメッセージを読むのに集中するようになって気がつかなかったが、バスは終点にさしかかりほとんどの乗客が降りてしまった後だった。バスの運転手を除いて、今バスに乗っているのは、私と総司だけだ。
かすかなエンジン音だけが響く車内。変な緊張感のただよう空気に、私は戸惑った。
総司の口が開く。

「今日、僕は君の幼なじみを卒業することにしたから」

…どういうこと?
上手く飲み込めていないのが顔に出ていたんだろう。「本当鈍いなぁ」仕方ないなとでもいうような顔をした総司は、ゆっくり私のほうへかがみこんできた。
急激に近くなる顔に気がついたときには、もう遅かった。
唇に感じる柔らかくて熱い熱。

「こういうこと」

感触が遠ざかり目を開けると、満足気に笑む総司の顔があった。

「僕のこと、君の彼氏にして?」

問いかける口調とは裏腹に、逃がさないとでもいうように握られた手首にくらくらとした。
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