過去拍手【沖田3】



夕飯は作り終えた。
あとは帰ってくる旦那さまの帰りを待つだけ。

「んー…今日も疲れたー」

リビングのソファへ身を投げ出す。
ずっしりとした疲労感が両肩に重く乗っかっていた。ずぶずぶと沼にはまっていくような感覚がある。ともすれば今にも沈み込みそうになる意識に、私はあわててクッションから顔を上げた。
あ、あぶないあぶない。もう少しで寝てしまうところだった。寝てたらすごくすねるからなー。
二人で暮らし始めるにあたって、朝ご飯と夕ご飯はそろって食べるという約束をしている。それなのに私がソファの上で一人寝ていたら、彼はきっとすねるに違いない。すねて寝ている私に対してイタズラをしかけようとする旦那の姿が容易に想像できた。
それはカンベン。これ以上疲れることはしたくない。
眠気をごまかすために私は雑誌を読み始めることにする。
しばらくしてページの半分ぐらいを過ぎたぐらいに、玄関の鍵を開ける音がした。
あ、帰ってきた。

「ただいまー」
「おかえり」

後ろから響いてくる声にそのままの姿勢で返事を返す。
足音がどんどん近づいてきて、ソファの上で止まる気配がした。寝そべっている身体の上に影が落ちる感じがする。じっと見られている気がして上を振り仰ごうとすると。

「うっ…!?」

どっしりとした重みが背中から足元にかけてのしかかってきた。少し湿ったような温かさに、それが人の身体であることが分かる。多分、うつぶせになった私の身体の上に重なるようにして旦那がのしかかっているんだろう。背中あたりに頭が乗っかっている感じがする。
冷静に分析し、私は重みでつぶされながらくぐもった声を出す。

「あの…重いんですが?」
「重くしてるんだから当たり前でしょ」
「疲れてるんですが」
「僕も疲れてるんだけど?」

ちょっとすねたような声が返ってきて、背中の上でぐりぐりと頭をこすりつけられる感触がする。
いたた。総司さん、それ地味に痛いですってば!
下敷きになりながら抜け出そうとわたわたするが、頑丈な旦那の身体はびくともしない。おなかの下に両腕を差し入れられ、がっちりとホールドされた。

「最近君って冷たいよね」

おしまいには長い溜息が一つ。
どうやら雑誌にかまけてきちんとお出迎えしなかったのが、旦那さまのお気に召さなかったようだ。
確かに最近仕事が忙しくて放りっぱなしだった部分もあるので反論できない。
こうなった場合私ができることは一つ。

「…どうしたら許してくれる?」

旦那の機嫌をとる。
困った顔で肩越しに振り返ると、自分の背中の上でにんまりと笑む総司と目が合った。いたずらをたくらむ悪戯っ子の目。
あ、いやーな予感。
直感で感じた予感は正しかった。
にじりよってきた彼が私の肩口に顔をうずめて言う。

「キス、して?」

ほら、やっぱり来た。
とろけるような笑顔でおねだりする旦那さまにどきどきする反面、厳しい試練に内心冷や汗をかく。
嫌いなわけではない。むしろ愛している。でもだからこそなかなかしにくいってこともあると思う。
とにかく照れが勝ってなかなか自分からはできないのだ。
総司はそれを分かって言っている。いじわるを言って、真っ赤になって照れる私の顔を見て楽しむのが好きなのだ。
そのことを知っている分余計に抵抗があった。

「却…」
「却下はなし。…君がしてくれるまでずっとこのままだけど、いいの?」

「僕はかまわないけど」楽しそうな様子で総司は私の首に両腕をまわすと、ぎゅっとしがみついてきた。あったかい。けど重い。
くっ、この小悪魔め。
葛藤を完全に振り切れたわけではなかったが、私は腹をくくった。
そうっと自分の肩口を振り返ると、あたたかい目とぶつかる。一つ二つ瞬きをして目が目蓋の奥に隠された。
なんか緊張する。若干すでに顔に熱が集まり始めている。でもふっくりとした唇に目をやれば、あとは自然と引き寄せられるようにして自分から唇を重ねていた。
しっとりとして柔らかい感触。それが伝わってきた瞬間すぐに離そうとしたが、話はそう簡単にはいかないようだった。
離れかけた瞬間、頬を両手で挟まれて固定される。軽く触れるだけだった口付けが深くなる。

「ふっ…」
「…ん」

喉の奥でなる低い声に、背筋がぞくりとする。何度か角度を変えてキスをした後、総司は下唇を軽く啄ばんで離れていった。離れる間際、ちゅっとかすかなリップ音が立つ。
やっと解放された口で息を吐き、空気を取り込む。頭がくらくらした。
なおも続けようとする総司をさえぎり、一旦息を整えてから言う。

「…っ総司」
「ん?」
「ご飯、冷める」

嘘だ。本当は冷めるようなご飯は作っていない。
恥かしさから真っ赤になった顔をなるべく背けようとする私の髪を、総司はそっと手ですいた。

「そうだね」

笑みを含んだ声。
ばれている。
恐る恐る振り返ると、楽しそうな顔があった。

「だから続きは後で、ね」


許してもらうには、もう少しかかりそうだった。
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