六花
鼻先に触れた冷たいものに気づいて空を仰ぐと、分厚い灰色の雲から柔らかな牡丹雪がはらはらと降ってくるところだった。
「綺麗……」
無数の白い欠片が風にあおられてゆらゆらと地に落ちるさまは、花びらが舞い散っているようにも見える。
まるで桜みたいだ。
美しい情景に心を動かされ思わず触れてみたくなった私は、片手を中空に差し出して落ちてくる冷たい花びらを受け止める。
けど、桜の花びらと違い雪でできたそれをつかむことはできるはずもなく、手のひらに落ちた瞬間、じわっと溶けて形を失ってしまった。
あとには、冷たい感触とわずかな水だけが手のひらに残る。
そのあまりにあっけなさに、胸の真ん中にぽっかりと穴があくような喪失感を覚え、私はひっそりと溜息をついた。
…どうして、留めておけないんだろう。
時が止まればいいのに。
そう思った。
[ 六花 ]
「瑞希ちゃん」
ぼーっとしていると、後ろから聞きなれた声がした。
振り返ると、すぐ傍に総司さんが立っている。
「総司さん」
「おはよう。今日はやけに寒いと思ったら、雪が降ってたんだね」
そう言って白い息を吐き、羽織をはおった肩をぶるっと震わせる。
「外に出てきたら駄目じゃないですか」
このところの総司さんの体調は、あまりよくなかった。
徐々に労咳が進行してきているんだろう。
激しく咳き込むことが増え、日に日に床にふしている時間が長くなっているようだった。
「大丈夫。今日は調子がいいんだ」
心配そうな顔をしているであろう私に、総司さんは目を細めて朗らかに笑ってみせる。
しかし、そうは言っても病人だ。いつ体調が急変するとも限らない。
「でも…」
「雪が見たいんだ」
駄目?小首をかしげてそう聞かれると、弱い。
「…少しだけですよ」
そう念をおして、私は総司さんのそばから少し離れたとこで彼を見上げた。
会話はない。しかし、不快な無言ではなく、むしろ心地よかった。
一心に降り続く雪を眺める彼の横顔はまるで子供のようで、それを眺めている私の心も慰められた。ここのところ度々彼の苦しそうな表情を目にすることはあっても、このような朗らかな表情を見ることはなかったからだ。
あとどれくらい一緒にいられるのだろうか。
そう思うだけで、焦燥にも似た思いがこみ上げてきて、胸が引き裂かれそうだった。痛む胸をなだめるように両手で押さえる。すると、
「瑞希ちゃん」
ふいに総司さんに名前を呼ばれた。
いつの間にかうつむかせていた顔を上げれば、少し寂しげな目とぶつかった。目の奥にちらつくのは、焦燥だ。彼もまた、私と同じ思いを感じているようだった。
こちらに伸ばされる腕を受け入れ、彼の背中にそっと腕を回す。体温が溶け合う。やせた背骨に指を這わせ、哀しくなった。
「瑞希ちゃん」
私の首に顔をうずめた総司さんが言う。
「ずっと一緒だよ」
溶けるとわかっていながらもつかまずにはいられない子供のように。
「はい」
私たちは守られることのない約束をした。
六花
鼻先に触れた冷たいものに気づいて空を仰ぐと、分厚い灰色の雲から柔らかな牡丹雪がはらはらと降ってくるところだった。
「綺麗……」
無数の白い欠片が風にあおられてゆらゆらと地に落ちるさまは、花びらが舞い散っているようにも見える。
まるで桜みたいだ。
美しい情景に心を動かされ思わず触れてみたくなった私は、片手を中空に差し出して落ちてくる冷たい花びらを受け止める。
けど、桜の花びらと違い雪でできたそれをつかむことはできるはずもなく、手のひらに落ちた瞬間、じわっと溶けて形を失ってしまった。
あとには、冷たい感触とわずかな水だけが手のひらに残る。
そのあまりにあっけなさに、胸の真ん中にぽっかりと穴があくような喪失感を覚え、私はひっそりと溜息をついた。
…どうして、留めておけないんだろう。
時が止まればいいのに。
そう思った。
[ 六花 ]
「瑞希ちゃん」
ぼーっとしていると、後ろから聞きなれた声がした。
振り返ると、すぐ傍に総司さんが立っている。
「総司さん」
「おはよう。今日はやけに寒いと思ったら、雪が降ってたんだね」
そう言って白い息を吐き、羽織をはおった肩をぶるっと震わせる。
「外に出てきたら駄目じゃないですか」
このところの総司さんの体調は、あまりよくなかった。
徐々に労咳が進行してきているんだろう。
激しく咳き込むことが増え、日に日に床にふしている時間が長くなっているようだった。
「大丈夫。今日は調子がいいんだ」
心配そうな顔をしているであろう私に、総司さんは目を細めて朗らかに笑ってみせる。
しかし、そうは言っても病人だ。いつ体調が急変するとも限らない。
「でも…」
「雪が見たいんだ」
駄目?小首をかしげてそう聞かれると、弱い。
「…少しだけですよ」
そう念をおして、私は総司さんのそばから少し離れたとこで彼を見上げた。
会話はない。しかし、不快な無言ではなく、むしろ心地よかった。
一心に降り続く雪を眺める彼の横顔はまるで子供のようで、それを眺めている私の心も慰められた。ここのところ度々彼の苦しそうな表情を目にすることはあっても、このような朗らかな表情を見ることはなかったからだ。
あとどれくらい一緒にいられるのだろうか。
そう思うだけで、焦燥にも似た思いがこみ上げてきて、胸が引き裂かれそうだった。痛む胸をなだめるように両手で押さえる。すると、
「瑞希ちゃん」
ふいに総司さんに名前を呼ばれた。
いつの間にかうつむかせていた顔を上げれば、少し寂しげな目とぶつかった。目の奥にちらつくのは、焦燥だ。彼もまた、私と同じ思いを感じているようだった。
こちらに伸ばされる腕を受け入れ、彼の背中にそっと腕を回す。体温が溶け合う。やせた背骨に指を這わせ、哀しくなった。
「瑞希ちゃん」
私の首に顔をうずめた総司さんが言う。
「ずっと一緒だよ」
溶けるとわかっていながらもつかまずにはいられない子供のように。
「はい」
私たちは守られることのない約束をした。