夕風が攫っていった熱


夏も終わりに近づき、うだるような京の暑さもいくらかましになってきた頃。



「あれ」

風呂上りの私は、夕風に当たろうと思って中庭に面した縁側へ出ようとしたのだが、そこにはすでに先客がいた。
縁側の板敷きの上に、平助がこちらに背を向けるようにごろりと横になって寝転がっている。
寝息に合わせて身体がわずかに上下し、床の上に散らばった彼の長い髪が、時折吹く風にさらさらと流れた。
ぐっすり眠っているようだ。
そういえば、昨日の夜は新八さんや左之さんと一緒に島原へ飲みに行ってて、帰ってくるのが遅かったんだよね。
今朝副長に三人そろって呼び出され、こっぴどく怒られていたのを思い出し、私はくすくすと笑った。
平助を起こさないように、そっと縁側のへりに座る。
ここからだと、彼の顔がよく見えた。
きょろきょろとよく動く深緑色の瞳は伏せられた睫毛のうちに隠れ、いつも元気のよい声を出す唇からは、静かな寝息がもれている。
子供のような寝顔が、かわいいと思った。


「……ん」

そう思っていると、平助がわずかにうめいて、寝返りをうった。
彼の右の頬が私の目にさらされる。
やわらかそうだな。
そこで、私の中にむくむくと意地悪な気持ちがわいてきた。
欲望のままに彼の頬へ指をのばし、

「えい」

ぷす、と彼の頬をつついてみた。
やわらかい感触が指に伝わる。

「……う……」

平助はむずかるように軽く眉をひそめたが、またすーすーと寝息を立てて寝始めた。
それをいいことに、私はぷすぷすと平助の頬をつつき、彼をおもちゃにする。
ぴくぴくと反応を返してくるのがおもしろい。
しかし、しつこすぎたのか、しばらくすると彼は目を覚ましてしまった。
ゆるゆると彼のまぶたが持ち上げられ、現れた深緑色の瞳が私の姿をとらえた。

「ん……瑞希……?」

寝起き特有のかすれた声で名前を呼ばれる。
とたんに、起こしてしまったことに罪悪感を覚え、私は小さく「ごめん」と平助にあやまった。

「?何であやまんの?」

ゆっくりと身を起こした平助は不思議そうに言って、あくびをする。
どうやら私が彼の頬をつついて起こしてしまったことに、気がついていないようだ。

「ぐっすりねむってたのに、私が起こしてしまったから……ごめん」

素直に言うと、平助はにかっと笑った。

「ああ、いいっていいって。どうせオレこの後巡察だし。逆に起こしてくれて助かっ…」

そこで、不自然に平助の言葉がとまった。
ついでに動きまでとまっている。
急に具合でも悪くなったのだろうか?

「?どうしたの?」

不思議に思って平助のほうへ寄ると、なぜかじりっと後ろへ下がられた。
顔を背けている。
よく見るとほんのりと顔が赤かった。

「なぁ、熱あるんじゃない?」

手を伸ばして彼の額にさわろうとする。
と、

「べ、べべべ別に熱とかないし!大丈夫だって!!」

平助はうろたえたようにそう言って、ものすごい勢いで後退し、その場から逃げ去ってしまった。
あとにはぽつりと私だけが残される。

「……何だったんだろう?」

呟いた疑問の声は、夕闇の中に吸い込まれていった。




(瑞希。湯上りの姿は絶対他の男に見せんなよ!)
(え、何で?)
(何ででも!)
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