好き



同じクラスの佐助君はクラスの人気者だ。
特に、女子からの人気がすごい。
隣のクラスの才蔵君と並ぶバスケ部の有名人で、美形で運動神経も抜群。
試合中は男らしい凛とした姿を見せるのに、普段の彼はというと、とても内気でとにかく人前に出たり喋ったりすることが苦手だ。人と話す時はいつも片言で、女の子の前ではうっすら頬を染めて恥ずかしそうにしている。
そんなギャップがまた女子を騒がせているようだった。
女子の話の中で、彼の話が出なかった日はまだ一度としてない。
そんな彼に比べ、わたしはクラスでは地味で目立たない存在だった。
背もちびだし、ルックスだって十人並。勉強も中の上。
話下手だし、話題の中心にたったことがない。
憧れの彼の足元にも及ばない、平平凡凡な存在。
だから、

「好き」
「え?」

真っ赤な顔をした佐助君にそう言われたとき、わたしはその言葉をすんなり飲み込むことができなかった。
目を白黒させて頭にたくさんのはてなマークを飛ばす。
…えーと、…”すき”って”好き”だよね。
頭の中でそんな変換がされる。しかし、にわかには信じられなかった。
いやいや、でもわたしなんかに佐助君がそんなこと言うはずないし!ぽそっと言われただけだから、わたしが何か別の言葉を聞き間違えたのかもしれない。
きっとそうに違いない。
そう思ってもう一度聞き返えそうと口を開きかけて。

「あの…―」

わたしは今度こそ言葉を失った。
否、奪われた。
両頬に感じる、あたたかい手のひら。
近すぎてぼやける視界にうつる、長い睫を伏せた目。
そしてなにより、唇に押し付けられたやわらかい感触が、その事実を何よりも物語っていた。
キス、された。
頭の芯がしびれるような感覚に、心臓が急にばくばくと早鐘を打ち始め身体がかっと熱くなった。
両頬を挟みこむ手はそのままに、唇からやわらかい感触が遠ざかる。
ほっと息をつけたのもつかの間。今度はほんの数センチ先から見つめてくる、熱にうかされたようなうるんだ瞳にとらえられた。

「好き」

ただ一言。
はっきり耳に届いた声は、どこまでも真摯で。

「我 瑞希のこと 好き」

ダメ押しのようにそう言われて、卑屈なわたしの考えはこっぱみじんに砕かれた。
彼は、わたしのことが…好き。
噛み砕いて、咀嚼して、素直にそれを飲み込んで。その言葉を理解したとき、わたしのなかにこみあげてきた思いは、自分が想像していたような浮かれるとか恥かしいとか、そんな気持ちではなかった。
ただ、嬉しかった。
ずっと憧れの人だった彼と自分の気持ちが同じだったことが嬉しくて、気がつけばこぼれ出るようにしてその言葉が唇から出ていた。

「私も」

あなたのことが好きです。
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