第七夜
間隙を縫うように颯爽と駆け抜ける。所々に漂う屍臭を潜り抜け、敵からなるべく見つからないように距離を置いて。
肩に必死に捕まりながら眼下を見下ろしたが、先程の倍以上の数に膨れ上がり、機械仕掛けの人形はゆらゆらと都市を徘徊している。身の毛のよだつような歌を口ずさんでは無秩序に動き回る姿は、どんなホラー映画よりもおぞましく、しかし現実味のない。

 彼らから受けたという歌による精神攻撃は、今は自分を背負う彼の存在によって幾分か緩和されているらしい。若干の目眩を感じるものの、平衡感覚は正常だし、なにより落ち着いている。そういえば、彼自身は異常はないのだろうか。

「サーヴァントだしな。この程度でへばってちゃあ名が廃る」

 そもそも、対人間用の精神汚染だったらしく、彼には効果がなかったらしかった。人にのみ効力を発揮する魔術。何故この状況、このタイミングで狙ってきたのだろうか。

「さてな。材料が少なすぎる。...推測は出来るが

 続けていた歩みを止め、近くの無人の駅に入る。新大久保、と書かれた看板の周りには色々な国の言葉で書かれた店が連なり、窮屈そうに入り込んでいる。

 あたりに誰もいないことを確認すると、彼は近くの自販機に歩み寄り、あろうことかそれをなぎ倒し破壊した。
 制止する間もなくボタン面が弾け飛び、缶やらペットボトルやらが転がり出てくる。...なんて乱暴な。強盗みたいではないか。

「嘿嘿。殺人鬼に今更窃盗を咎めるたぁ、随分お門違いなこったな」

 もっともらしいことを嘯いて彼は私に缶を投げ渡す。冷えたコーンポタージュだ。非難する手前、こちらもお腹が空いていた。遠慮がちに缶を開けて胃を膨らませる。固まったコーンがゆっくり口内に馴染んでいった。

「さて、これからどうするかについてだが、一先ずやっこさんの首根っこを掴みに行く」

 思わずぽかん、と彼を見る。下調べも何もなくいきなり根城を叩きに行くと言っているのだ。詳しい調査は。何か確かめないといけないんじゃなかったのか。

「...そうなんだがな。実を言うとあいつらを操っている犯人は既に知れてるし、言うなりゃ知った顔。元同僚さ。とっくの昔におっ死んだはずだったんだけどねぇ」

 面識がある、というのは例の映像から予想はついた。あまり信じたくないものだったが。彼がつるんでいた者達というのはやはり総じて悪なのか。やっぱり私は付いていく人間を間違えたのでは、ともう何度目かの後悔をする。

「嘻嘻。おいおい、今更だろ仔猫?早くお前が従ってる兄貴分が外道の畜生だってことに慣れろって」

 無意識のうちに眉間にしわが寄っていたらしい。何も言わずとも彼はにやにやと飲みかけの缶を揺らす。...慣れるものか。流石に私まで人間を止めるわけにはいかない。
手元にあるものを一気に飲み干して一息つくと、早く相手に続きを促す。こうしている間にも追手が来ているのだ。グズグズしていられない。

「ああ、相手がどこに居るのかは分かっている。なんせこの魔力量だ。元を辿ればすぐに追いつく事ができる。問題は、敢えてこれだけの痕跡を残す意図にある」

罠。すぐにその言葉が思い至る。いづれにせよ何か思惑があっての事なのだろう。その中で無闇に突っ込むわけにもいかないということか。

「だが、何もせず手をこまねいているわけにもいかない。正直、奴は接近戦についてはお世辞にも得手とは言えないサーヴァントだ。…まあ、アサシンだし納得はするが」

 アサシン?暗殺者?そういえば、彼と契約を結んだ際も彼は自分をアサシンだと言っていた。サーヴァントに関する何かなのだろうか。ともかく、そのアサシンとやらを何とかしないと始まらない。しかし、それには大きな問題がある。
相手は精神攻撃を得意とする輩なのだ。サーヴァントには効かない技を、何故あの時私たちに使用したのか、答えは明白。

「そ。おそらく、連中の狙いはあんた。それか、そこらにひっそり隠れて生きている人間」

 周りに生き残りがいる可能性があるのか、と驚くと、即答でない。と返ってくる。ではどうしてない可能性を口にしたのか。 何故私が。何のために?それは彼の知るところではないのだが、どうしても尋ねたくなる。だがそれは無防備に相手に挑むということ。また同じような罠を仕掛けられて精神攻撃をされる可能性が高い。

「あんたはここで待ってろ。何、すぐにケリをつけて来る」

 思いもよらぬ言葉に瞠目する。いや、考えなくともその結論に至ることは分かるのだが。無論、私をここに置いていき、彼一人で蹴りをつける方が手っ取り早いし、安全だ。
私のためだと言うことは百も承知。それが最善。..しかし私は首をふる。訝しむ相手に、そのアサシンとやらと話がしたいのだと説明した。といっても、何か特定の話をしたいわけではない。ただどうしてか今ここでの離別は私にも彼にとっても得策とは思えない選択肢だったのだ。

「..あの野郎と意思疎通は取れないよ。あいつには狂化がかけられてる。あいつの世界には、たった一人の女しかいない」

 苦々しく呟く彼から、過去の苦労が窺える。きっと再三コミュニケーションを図ろうとして失敗したのだろう。やるだけ無駄じゃないのか、という視線が突き刺さる。それでも私は彼に、共に連れて行くように頼み込む。

「..なんだ、いつにも増して強情だな」

 すると、意外にも対して咎められることもなく許可が下りる。ただし自己責任で、とのことだ。怪我しようが四肢もぎ取られようが、死なない程度に出しゃばらなければそれでいい、とのこと。なんともあんまりな言いようだが、最適解を選ばなかったのは私のわがままだから文句はない。

 そう結論づけて頷いていると、じっとこちらを見ていた彼が合点がいったように声を漏らし、ゆっくり近づいてくる。何度も声をあげて静止を促すも聞く耳を持たず、ついに至近距離から無言の圧力をかけられたじろいだ。..な、何。もしかして、やっぱりダメな頼みだったのだろうか。鋭い眼光に、蛇に睨まれたカエルのように固まる。

「..ぷ。っはは!!なんつー顔してんだ!」

 笑われた。
..突如肩を叩かれ、背を逸らして爆笑してらっしゃる相手を唖然と見る。愉快そうな声が数秒響くのを聴いて、思わず羞恥から体が震えた。..か、からかったな!!私は断固抗議する!

「い、いやいや..魔力増強でもしてやろうかと思ったら..い、今にも殺されそうにカッチンコッチンに凍ってるからさぁ..あぁいや、悪かったって。そら、もう行こうぜ」

 頭を撫でられ、手を引かれ。仰向けになったのを横から抱き抱えられる。..先ほど逃げる時は切羽詰まってそれどころじゃなかったけど、俗に言うお姫様抱っこ。これはこれで何だか恥ずかしい。
 そういえば、魔力増強って何だったのか。あれよあれよとビルの屋上まで登り切った時に、彼に問う。

「...ああ、知りたいか?」

 にやりと冗談みたいに笑っている相手に、好奇心の虫が萎んだ。あれほど尋ねたかったのに首を振ってしまい、聞くタイミングを逃してしまったのだが、これについては優柔不断とか言い訳はしない。
 その時、一瞬、ほんの一瞬だけ自分に注がれた感覚。獲物を眼前に見下ろすような眼が私を貫いた。それ以降私はこの件について深く考えることを放棄すると決めた。きっと、深く知ってはいけないことだろうから。

 ..そう、夜はまだ深い。
8/8
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