第六夜
「コロラトゥーラ…?」

目の前の事象よりも先に頭に響いた言葉によって現実に引き戻される。…何があったのか。無意識のうちに彼の話に没入していた。回想を体験していた、という方が正しいやもしれない。まるでその場にいたかのように、その時の状況をありありと再現されたのだ。
そして、何故。その再現は現実にも作用している。
ギリギリと響く金属音。何かが確実に近づいてくる。ビルの屋上へと姿を現したそれは、機械じかけの何かであった。からくり人形か。しかしどこかおかしい。
剥き出しの骨格は所々赤く、金色の毛がへばりついている。私たちを認めて近づいてくる度に響く、金属とは違う音。生物をぐちゃぐちゃに潰しているような音、だ。

「____何故」

彼は呆然と問いかける…予想外のモノ。きっと、本来存在することのなかった彼ら。一匹、また一匹と登ってきては近づいてくる。どこか汚らしく不愉快な音を引き連れて。
赤混じりの髪を生やした一匹が、スピードを速めて寄ってきた。
キリキリ、キリキリ。こんがらがったネジの音。手から刃物を振りかざし目にも留まらぬ速さで転がってくる。
むわり。たちこめる臭い。私は理解する。

……彼らから漏れ出る死臭。

「っ、チッ…!」

彼がそれを蹴り飛ばすと同時に、それらは一斉に手を回して襲いかかってきた。ガシャーンと吹っ飛んだ傍からまたわらわらと溢れ出てくる。その残骸を見る暇はない。また違うそれらが次に私目掛けて襲い掛かってきた。
腕から刃物を生やし、回転しながらぶつかってくる。走馬灯のようにゆっくりと刃がこちらに向かってくる。

一凪の揺れ。

瞬き一つだけで相手が急に遠のいた。隣で拳をかざす彼が視界に映る。
もう一度パチリと視界を閉じたときには、また何匹か粉々に吹っ飛んでいった。血しぶきが彼を染め上げる。そう、血しぶき。それらから溢れ出てくるものたち。
仲間が粉々になる事など気にも留めず、考えなしに飛び込んでくるそれら。刃は一斉に彼に向かう。私はそれを凝視して、動くことも叶わない。
よもや、無数の刃は彼に突き刺さる。すんでだった。
足を開き、片腕を前に。肩を入れて体を捻り上げた。一瞬の跳躍。足がぐるりと回る。それだけで敵はバラバラになる。
目にも留まらぬ速さで敵をいなし、こちらに構わず走り出す。
刃に物怖じせず、切っ先を籠手にあてていなす。拳を腹に突き出して、後列まで蹴散らす。徹底的に壊す。壊していく。


一瞬彼の顔が見えた。瞳孔は開き血走っている。飄々と、きっと訳も分からないのに敵を殲滅させている。
何より、笑っている。この破壊を嬉々として楽しんでいるのだ。

掴みかけていたものが、一瞬で離れてしまった心地がした。足がもつれ、何にもないのに後ろに尻餅をつく。敵は次々と散っていき、その中心には彼がいた。

あまりにも無機質で、あまりにも淡々としたコロシアイ。そこに私が割り込む余地はない。

「っカカ、アッハハは!!まだか、そんなもんだったのかテメェらは!?」

歓喜と共に血が舞った。ゴリゴリと機械でない音が軋む。蜘蛛の子を散らすように壊れていく機械。しかしその数は少なくなることなく、幾重にも現れたそれらは今やこの場を覆い尽くしていた。

自然と殲滅しきれなくなり、鬼の手をくぐった何匹かが此方に近づく。赤く涙を流しながら、心地よく耳障りな声を響かせて手を伸ばしてきた。
逃げなきゃ。分かってはいるのに足が動かない。そもそもどこに逃げられるというのか。屋上には出入り口が一つしかなく、そこから奴らは湧いているというのに。
ならばせめて助けを。思ってはいるのに声が出ない。はくはくと口だけ動かして、私は一体誰に助けを求めればいいのか。

彼を見る。楽しそうに殺し続ける、違う世界に行ってしまった彼を。ゆっくりと状況が変化していくなかで、笑みを浮かべていた彼はその眦を私に向けた。
快楽の色の中に苦痛が滲む。そうして私はようやく理解した。

このままでは、いけない。


身体が嘘のように軽くなる。前に押されるように、導かれるようにしな垂れていた足に力が満ち、私は気づけば駆け出していた。
目の前のナニカをなぎ倒す。突然の行動に予測がつかなかったのか、ヤツラは追いかけては来なかった。

「、おまえっ」

狂気はなりを潜め、大きく見開く満月のような瞳に初めて見せた動揺が映る。咎めているのか、憂いているのか。
ただそこに佇むだけで良かったはずなのに、危険を顧みず駆け寄ってくる私のことを、彼はどう思う。
途端、視界が傾く。安堵と共に力が抜け、私は前へよろめいた。しかし地面に激突することはなく、代わりに鉄ではない、爽やかな香りが鼻腔をついた。


長いため息が響く。

「…つくづく、無鉄砲な人間だよなぁお前は」

上体に絡んだ腕が僅かにキツく固くなる。いつものように呆れたような声色に、だってだってと言い訳を考えてはもごもご口を動かす。すぐ突飛な行動に出る理由なんて、自分でも分からない。


不気味なほどの静寂に気がついた。
顔を上げると、彼は眉根を寄せて他を見ている。気づけば不気味な機械は無数に増えていて、私たちの周りを取り囲んでいた。
しかし奇妙なことに、先ほどとは打って変わってパタリと動かなくなっていた。向きだけは確かに私たちの方を見ながら、倒れる事もなく立ち続ける。


やがて。

アァ。誰かが嘆く。


アァ。誰かが悲鳴をあげる。

アァ、アァ。聞いたことを真似るように、悲しみの声が大きくなる。

あぁあぁああああああ。。

悲しい、空しい、怖い、暗い。

…アイシタイノにムクワレない。

「行くぞ!!」

舌打ちと共に即座に視界が動く。
グッと腰を抱えられ一気に持ち上げられると、周りをなぎ倒しながらビルの淵へ一気に駆け抜ける。縮こまるように彼の胸の中に収められながら、思わず私は棒立ちの敵を凝視した。

全員が血の涙を流しながら叫んでいる。指をさして、さしもお前たちが悪いとばかりに一斉に泣いている。抱きかかえられて逃げる私たちを声が追いかけてくる。胸を掻き乱されるような、やり切れない想いに私の身体は勝手に痙攣する。
対象も理由も見つからないのに贖罪を行わなければならないと迫られるような、理不尽な心地がした。
強迫観念を無理やり押さえ込まれるように、バタつく私の身体を彼が抑える。パラパラと目まぐるしく変わる景色は気づけば空一色のものとなる。
浮遊感に目を閉じても不快な音は止まず、グルグルと頭を回しながら気持ち悪さに口を堅く閉じた。




「……ほら、もう大丈夫だぞ」
ゆっくりと背中をさすられる。
気づけば、無限かと思われる螺旋は緩み、頭の中をかき乱される感覚が弱まっていく。
都会の喧騒から逃れるように、薄暗がりの路地裏に私は這いつくばっていた。
ぽんぽんと背を叩かれ、安堵感と共に今まで溜まっていたものが溢れ出る。胃の中の物を全て吐き出した。
大きく咳き込んで、何とか息を整えようと躍起になる。横隔膜が痙攣する。

 やっと落ち着いて顔をあげる。その間ずっと労わり続けてくれた彼にお礼を言う。
物憂げに外を向いていた彼は視線をこちらへよこすと、僅かに口角をあげ私の頭を撫で立ち上がる。
体のあちこちに血がこびりつき、傍から見て重症患者化と見紛う有様だ。
それでも幾分か殺気がなくなり穏やかな表情をしている彼を見て、何故かこれが本来の彼なのだと安堵する。
「…少ししたら移動するぞ。追手が来る可能性もある」

 そう。まだ安心することが出来ない。私の体調不良もあって彼はそう遠くないこの場所に私を休ませてくれた。相手の動向が掴めない今、遠くまで離れるしかない。
そして、あの機械は何なのか?彼はあの機械を知っているような口ぶりだった。コロ…何だっけ。

「コロラトゥーラ。人を殺すためだけに作られた残虐な奴らさ」

 目、脳、神経に至るまで人間をバラバラに解体し、生き人形へと作り変える。そして人を殺めるための兵器となる。それがコロラトゥーラ。

そんなものがあっていいものか。人を人とも思わぬモノが、それを操る者が存在することが。

「…存在するはずがないんだよ。本来、この場所ではな」

 壁にもたれかかり、彼はくつくつと楽しそうに笑う。何がおかしいのか、何故この状況で笑えるのか。口に出したい気持ちをこらえて考える。 
 いつかに、彼は地上にいる者は全て死に絶えたと言っていた。それなのに敵はいる。そして、あの血なまぐささ。思い出したくもないが、あれが偽物だとは思えない。でも、獲物である人間は滅びたはずなのに。

「…」

 いつしか笑うことを止め、彼は何も言わず腕を組む。答えがつかめていないといった様子だ。

「…ああ、そうか。やっと…」

 心なしか安堵したような、諦めたような声が小さく響く。…どういうことなのか。その言葉の真意を汲むには私は彼を知らなさすぎる。
…諦め。
ふと、あの不気味な夢が脳裏をかすめる。無限の叫び、苦痛。
コロラトゥーラの有様と変わらない、それ以上に悲惨な絶望が混ざり合っていた。
あれがただの夢ではないこと、彼の世界から見た光景であることは分かった。
かつての世界は、こんな陰惨なモノが闊歩する場所だったのか。
あんなモノがいる世界で彼は生きていたのか。
なんせ、まったく平気な顔で飄々としているのだ。
どんな体験をしてきたのか、想像すら困難なのだろう。

「あの状況をちょっくら調べる必要がある。そろそろ行くぞ」

 そうして彼は立ち上がり私に手を差し伸べる。張り付いた笑みに何を含ませているのか、分からない私はただ導かれるようにしてその手を取った。
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