全員まとめてスクラップにしてやる!

とのことです。新しい上司は質の良さそうなスーツを汚すことを厭わず、血の池地獄をせっせと作っている。

流石梵天のナンバー2、スーツを買う金なんてはした金なんだろうな。これは前の職場より給料が期待できるかもしれない。
てかここで止めないと、私が怒られるのか。怒られる間って時間外労働だよね?でも残業代出ないだろうな、九井さん金に厳しそうだったから。まだ一回しか話してないけど。

私はそうやってぼんやりと思いを巡らせているだけで、赤くなっていく彼の手を見つめることしか出来なかった。パキりながら腕を振るう人間に気安く近づけばどうなるか、経験上分かっていたというのもあるが、子どもが夢中になって遊んでいるのを見守りたいような、そんな感覚に陥ってしまったのだ。え、これが母性?

「おい、もう終わりかよ」

こっちが言いたいよ。カップラーメン作るより早かったな?まだ向こうに流出した情報、何も聞き出せてないが?マズイ、非常にマズイ。
彼が人間だったものを蹴りながら不満げな顔をしている一方で、私は脂汗を垂れ流していた。パキっている人間に話しかけて良いことなど一つもない。が、職と命を失うことを天秤にかければ、やれることは一つである。

「三途さん、すみません」
「何、お前もスクラップにされたいの」

意を決して話しかければ、血走ったビー玉がぎょろりとこちらを向いた。目は笑っていないくせに、口もとは弧を描き、ダイヤの傷が揺れ動いていた。これだからキライなんだ、薬中は。そう思いながらも、目を離すことはしない。離したら恐らく、自分もヤられる。

「向こうに流出した情報を聞き出しても、宜しいでしょうか」

後ろに回している手が震えるのを感じる。さっきの母性は何処へやらで、身体が警笛を鳴らしていた。自分はどうやら、ヤクザよりよっぽどヤバい組織に転職してしまったらしい。所詮はヤンキーが成り上がった組織だなんだと、吹聴していた組長の顔が急に幼稚に思えた。私が最後に見た組長は、もう顔がなかったけれど。

「そんなまどろっこしいことするより、向こうの組織ごとやっちゃえば良いだろうが。お前、馬鹿だな」

彼はそう言って、地獄まで響くような高笑いをし始めた。この声に聞き覚えがあった私は恐怖を拳の中で握りつぶして、息のありそうな人間に近づくことにした。事務所の倉庫でよく聞いたこの声は、グッドトリップが頂点に差し掛かっていることを示している。つまり、このフェーズが終わればバッドトリップがやってくるのだ。言語の通じぬ死神が、鎌を引っ提げてやって来るのと同じだ。情報を聞き出せる時間が、もう限られているかもしれない。

私は息の無い人間で遊ぶ上司を刺激しないために、四つん這いで血濡れたコンクリートを這った。さながら、火事発生時の避難姿勢である。ただ、ここでは別の災害が起きているので、煙ではなく血とアンモニアが入り混じった臭いが鼻をつんざいてくる。一酸化炭素中毒にはならないが、本当にハンカチで口を覆いたいくらいだ。

「お前はもう死ぬよ、だから死ぬ前に向こうに渡した情報吐いてくれ。私がお前の仇を取ってやるから」

辛うじて生きている人間にそっと囁いた言葉は、勿論嘘である。こういう世界にいる人間には一人や二人、殺したいやつがいる。だからこそ成り立つ台詞であり、意識の混濁した人間には仇討ちなどという綺麗な言葉が響くことがある。そして、次の言葉でとどめを刺す。

「大丈夫、お前の女と娘は私が逃がしておく」

拷問担当に一番必要なものは、と聞かれれば、私は真っ先に情報と答える。体力でも頭脳は、二の次でも良い。
さあ話してごらん、と微笑みを浮かべて耳を近づけると、男は素直に耳打ちをした。地獄に近づいた者は大抵、素直になってしまうものだ。まあ、これで吐かなくても小さな拷問器具を色々と持ってきてはいるのだが。

「今の情報が嘘だったら、お前の家族死ぬから」

最後の脅しを忘れずに告げ、持参したナイフで頸動脈を勢い良く掻っ切った。よし、仕事終わり。早く処理して事務所…じゃない、オフィス戻ろう。これが梵天での初仕事なんて先が思いやられるな、と頭を痛ませながら立ち上がる。仕事量は少なかったがストレスのせいだろうか、少しフラフラとした。

「三途さん、あとはこちらで処理致しますので「おい、俺の獲物を横取りするとは良い度胸じゃねえか」

その方向で怒る人は初めて見た、前の同僚たちは皆感謝してくれたのに、などと考えていたら襟を引っ掴まれた。大した馬鹿力だな、と顔を少しだけしかめると、瞳孔のかっぴらいた顔が目の前にあった。うーん、薬中じゃなきゃ結構タイプなんだけど。性格はやばそうだから、顔だけタイプ。ここで美形に殺されるのも、私にしては良い死にざまかもしれない。

「よく見たらお前、俺が一番嫌いな顔してやがる」

勝手ではあるが相手の顔を褒めていただけに、嫌いな顔と言われると何だかフラれたような気がする。
そして、久しぶりに顔を否定されたからだろうか。とうの昔に葬った傷が、呼び覚まされてしまった。あなたの顔は、あの人と、私と違ってこんなにも美しいのにね。

「ごめんなさい」

無力だった少女が、一瞬だけ蘇る。また嬲られる。ほんの少しだけ、そう思ってしまったのだ。

「クソが」

そう言い残して彼は、私の顔に吐いた。それはもう、盛大にだ。

「え」

私が状況を飲み込めないで立ち尽くしていると、吐しゃ物をぶちまけた張本人はそのまま倒れてしまった。バッドに入ると糸が切れるタイプとは珍しい。それにしても吐かれるとは思わなかった。ただ、その衝撃のせいか先程の少女は何処かへ行ってしまった。

「三途さん、動かしますね」

倒れたせいで頭からつま先まで血に濡れた彼を、壁際に移動させる。一応上司だし。吐かれたけど。

上司は神様です