吐しゃ物を顔に付けたまま顔に似合わず重い身体と格闘していると、倉庫の扉がゆっくりと空いた。差し込む光に目を細めたが、そこに現れたのは天使ではない。
「やっほーはるちゃん、よろしくやってる?新入りは死んじゃったかなあ」
語尾にハートを付けながら、ナンバー2を軽々しい名前で呼ぶ長身の男がスキップでもしそうな足取りで入って来た。相当な立場があるのか、イカレているのか。はてまた、そのどちらもか。何はともあれ、この人間に報告すべきだろう。
「情報を吐かせた上で、裏切り者は全員死亡。三途さんは薬の多量摂取により倒れました」
「へー、でも三途が倒れるなんて珍しいなあ」
お前が何かやった訳じゃないよね、と極上の微笑みで聞かれたので、首を横に振るしか出来なかった。得体の知れない怖さが全身を駆け巡る。一難去ってまた一難とは、この事らしい。
「まあ兄ちゃん、そんな貧弱そうな奴が三途をへばらせるなんてあり得ねえよ。どうやら、本当にキメすぎたらしい」
いつの間にかまた一人、この部屋に生者が入って来ていたらしい。肩に触れるくらい髪を伸ばした男が、三途の瞼をめくってそう言った。目の前の男が生存本能に訴えかけてくるからか、貧弱という言葉は気にならなかった。事実、自分はそこまで強くはない。
「確かに弱そうだもんなお前、竜胆がそう言うなら違うだろうし。まあ、その顔面も三途にやられたんだろ?」
ご愁傷様〜と言いながら、男がケラケラと笑う。絶対そんなことは思ってないだろうが、それ以上に男が笑った後にどんな行動をするのか、考えても分からないことが怖かった。
「お前、息してる方が面白そうだもんなぁ」
三途さんを壁に寄せることに疲れ切って、立っているのが精一杯だった私の右腕を男がぐいと掴む。立ち上がらせる目的以上に力が込められていた。
「新しいおもちゃが見つかって良かったな、兄ちゃん」
もう一人の男が、同じくらい強い力で私の左腕を持ち上げる。そうか、私をおもちゃだと思っているからか。恐ろしく怖いのは、子どもがおもちゃの生殺与奪を握っているからか。そう考えると、脱力が止まらない。もうどうやったって、この大きな子どもたちに私の命運は委ねられているのだ。
壊したって、怒る親はもういない。顔にへばりついた吐しゃ物は、乾き始めていた。
「三途ゥ、お前のおもちゃ借りるね」
後処理もせずに、倉庫を後にする。梵天持ちのものだから入ってくる人間はいないだろうが、これでは九井さんに怒られてしまうだろう。置き去りにしてしまった三途さんも怖い。かといって、二人の腕をすり抜けて倉庫へ戻る勇気も気力もない。
…転職したい。