もうすぐその時が来ようとしていた。
張の旦那の会談が終わって、もうすぐ建物の外に出てくる。
喧噪はもう気にならなくて、自分の心臓の音だけが響いていた。
チャンスは一瞬、一回きりだ。
お互いに。
向こうが狙いを定めて集中仕切ったところで生まれる一瞬の隙。
赤井秀一が狙うとしたらそこしかない。
一つ銃声が遠くから聞こえた。
そして何かが壊れる音。
張の旦那はそれに動揺することもない。
これは何時ものことである。
気配を消して気配を探る。
1人の男が飛び出してくる。
顔を隠すこともしない、もう死ぬつもりだ。
体全体は黒い服で覆われていた。
そうであってほしくないと思っていたが、爆弾を持っていることは確実だろう。
最悪胸と腹に巻き付けてある。
そうなればとんでもない被害になる。
人避けをしていないぶん死者は当然出るだろう。
飛び出してきた男が三合会に接触する前にかたをつけなくてはいけない。
旦那はあえて、自分が狙われていることを部下に伝えたりしていないだろう。
だからこそあいつらのうち誰かが爆弾に銃弾をぶち込んだら終わりなのだ。
目標が私の射程圏内に入る。
まずは左肩を撃ち抜く。
そのまますかさず右肩を撃ち抜く。
爆破ボタンが一瞬手から離れたところで、赤井秀一がそれを破壊した。
張の旦那が手を挙げて、部下に銃を下すよう伝えているのを視界の端で捉えた。
こうなればもう一つしか手はない。
目標は銃を出して張の旦那に向かっていく。
その弾が旦那に当たることはない。
旦那は何もせずにその行く末を見ていた。
こちらが銃で狙撃できないことを逆手に取った銃での襲撃。
犯人はちゃんと第三の手まで用意してきていた。
目標が行動を変えてからの三歩目、私は地面に着いた犯人の足首を撃ち抜いた。
バランスを崩して目標が地面に崩れ落ちる。
すかさずもう片方も撃ち抜く。
目標に近付いてその髪を掴んで面を見てやる。
私の顔は髪と服と光の加減で見えていないはずだ。
その顔は涙と唾液と血液で汚れていて、見れたもんじゃない。
傍には壊れた起爆装置が落ちていて、これも滑稽だった。
「流石だなあ。やっぱり戻って来いよ」
「目標はあんたしか見えてなかったから私はやりやすかった」
その後は零の部下がその場を取り仕切って、犯人はすぐに拘束されて連行されていった。
FBIも参加しているらしい。
旦那は部下を先に帰らせて、私と2人で現場に残っていた。
零に嫌味でも言って帰るつもりだ。
現場はまだ収拾がつかないようでてんやわんやというやつだ。
「八月朔日」
後ろから赤井秀一が声を掛けてきた。
こいつの腕前は本物だと、今日で理解できた。
「スナイパーか」
「良くわかったな」
「見りゃわかる」
張の旦那が赤井秀一を見てそう言った。
赤井秀一は不思議そうに私達を見ていた。
旦那は関係なしにロアナプラのどうでもいい話をし続けていた。
「おい触んな」
「いいだろ今更」
「よくないから言ってる」
当たり前のように腰を抱いてきた、いい加減にしてくれ。
異国の地で開放的になってるのか知らないがやめてほしい。
溜息をつくも素知らぬ顔だ。
そういえばこの人は身体的接触が多かったなと思い出した。
「ナギ!!」
「ナギさんっ…!」
零が鬼の形相で、新一が息を上げて駆け寄ってきた。
2人は監視カメラを通して本部で一部始終を見ていたはずだ。
随分早いご到着だ。
張の旦那は零を見ていた。
零も旦那を見て目を逸らさない。
「……この度はご協力に感謝する」
「こいつの腕が訛ってないことが分かって神も俺も喜んでるぜ」
「バカ言うな」
「そろそろうちの部下を返してもらっていいだろうか」
旦那が私から手を離したので、その隙に体を離して胴体に蹴りを入れた。
零がやめろ、という顔で私を見た。
新一がうわっと小さく呟いた。
「お前に蹴られるの久しぶりだな。上司にもそんなことしてんのか」
「するわけないだろ」
「ははは、まあお前は俺に借りがあるからな。何してもらおうか考えておくよ」
「大したことはできない」
張の旦那は少し笑って、それから背を向けて去っていった。
その姿が見えなくなると新一が膝から崩れ落ちた。
「ナギさん〜〜!俺もう生きた心地がしなかったです!!」
「ナギ……お前本当に……」
零と赤井秀一は頭を抱えていた。
一息もつかないうちに零も赤井秀一も部下たちに囲まれてしまった。
残ったのは私と新一だけだった。
まだ収拾のつかない人たちの中で、私達だけが何となく取り残されてしまった。
「ナギさん、これは俺の独り言なんですけど」
「新一の独り言は声でかいんだな」
「……張維新には凄く親しい人がいたりするのかなぁ」
「……これも独り言なんだけど。私には元カレと呼べる人が一人いて、それはそれは物騒な奴だったよ。もう顔も会わせたくないね」
少し疲れたので先に車に帰ることにした。
零が乗ってきた車の後部座席に乗り込む。
いつも零がお弁当を持って来てくれる時の保冷バックがあった。
開けるとおにぎりが入っていたので遠慮なく口をつけた。
何かいつもより塩が効いててうまかった。