いよいよ独立することになった。
独立するといっても、今まで通り定食屋で働きつづける。
ただ住まいを変更するだけだ。
おじいさんに保証人になってもらい、1DKで家賃40000ジェニーの小さなアパートに引っ越すことになった。
正式に定食屋で雇ってもらえることになり、基本給が出るようになった為、思い切ったのだ。
そういえば、最近ポツポツと、あの彼と話すようになった。
彼が来た時は決まって客足が途絶える為、必然的に彼に接する機会が増えたからだ。
最初はその日の天気の事から、最近は仕事のこととか、彼は意外とお喋り好きなのか突っ込んできいてくる。
あれだけ恐怖を感じていたのに、人間とは不思議なものだ。
「へぇ、じゃあ君は記憶喪失なんだ」
「はい、ここの店主に拾ってもらって、なんとか生きています。」
「何か覚えていることはないのかい?」
「えっと、名前すら忘れちゃってて…サナって名前も、おじいさんたちに頂いた名前なんです」
そう正直に話すと、彼は考え込むように黙り込んだ。
私は彼と出会った時から思っていた疑問を彼にぶつけてみる。
「あの、もしかして、記憶を失う前の私を知っていますか…?」
「…いや、知らないよ。」
「そうですか…」
彼の返事に思わず落胆してしまった。
唯一の手がかりかと思っていたのに…。
「そんなに落ち込まないで、ゆっくり思い出せばいいよ」
彼は心なしか、楽しそうだった。
「そういえば、一人暮らしを始めたんだってね。おばあさんがいってたよ。」
彼はおばあさんと結構話すみたいだ。
おばあさんの方も、彼は礼儀正しい青年だと言っていた。
毎回会計の時にご馳走様と一言述べ、普通よりかなり多めの支払いをしてくれるらしい。
その度おばあさんから、彼にお釣りを返すよう頼まれ返そうとするが、断られてしまう。
曰く、俺は人を寄せ付けない体質だから、減ったお客分の支払いも含めてらしい。
毎回コントみたいにお金を押し付けあうが、最終的には押し負けてしまう。
そんなやりとりや日常が、毎日楽しかった。
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