東卍の紅一点



「マイキー」
「ん〜?なあに?」
「今からどこに行くの?」
「内緒」


ぎゅっと繋がれた手が熱い。胸がドキドキと高鳴って、このドキドキがマイキーに伝わらないか心配になるくらい。
時刻は夜の21時過ぎ。辺りはしーんと静まり返って、聞こえてくるのは虫の鳴き声と、私達の歩く音だけ。


「…武蔵祭り、楽しみだね」
「うん」
「エマもヒナも浴衣着るって言ってたし私も浴衣着て行こうかなぁ」
「マジ?絶対かわいいじゃん。スゲー楽しみ」
「せっかくだしマイキーも一緒に浴衣着ようよ。絶対似合うよ」
「俺?浴衣持ってない」
「買お」
「ヤダ」
「なんで」
「めんどい」
「言うと思ったあ」


クスクス笑っていると、マイキーが振り返って優しい眼差しでふわりと微笑む。夏の空気が、匂いが、すごくすごく心地良い。この世界には私とマイキーの二人だけしか存在していないような、そんな錯覚をしてしまいそうになる。


「…ここ」
「覚えてる?」
「忘れるわけ、ないでしょ」


私とマイキーが恋人になって、初めてキスをした想い出の公園。
ねえ、マイキー。
どうして私をこの公園に連れてきたの?聞きたいのに、言葉が出てこない。どうしよう。胸がいっぱいで、涙が出そうだよ。


マイキーはゆっくりと私と繋いでいた手を離すと、静かに深呼吸をして、私を真剣な眼差しで見つめる。


「紗羅のことが好き。
もう一度俺の、彼女になってくれませんか?」


時が止まったかと思った。視界がじわりと滲んで、涙が頬を伝う。どうしよう。返事をしなくちゃいけないのに、胸がいっぱいで、言葉が出ない。


「…これはどういう意味の涙?」


マイキーは私の目尻を優しく指で拭いながら、少し不安げに私にそう問いかける。


「…ゆ、ゆめ、みたいで…」
「うん」
「わたしもマイキーのことがすき…。ずっとずっと、すきだったの…」


震える声でそう言えば、マイキーに手を引かれて、ぎゅうっとその腕の中に閉じ込められる。


「もう一度私の、彼氏になってくれませんか?」


そしてもう二度と、私を離さないで。ずっとずっと、私の傍にいて。
全く反応がないマイキーを不思議に思って顔を上げてみると、マイキーはその綺麗な瞳からぽろぽろと涙を零していた。愛おしい気持ちが溢れて、止まらない。すき、すき、大好き、愛してる…。絶対に誰にも渡したくない。私だけの、マイキー。


「……人って幸せすぎても、泣けるんだな」
「…ふふ。うん、そうだね」
「紗羅」
「なあに、マイキー」
「愛してるよ」
「…私も、愛してる」


お互い見つめ合いながらふわりと笑って、自然に顔を寄せ合って唇が重なり合う。ちゅ、ちゅ、と啄ばむような口付けをしていたら、マイキーの熱い舌がぬるりと入り込んで私の舌をあっという間に絡め取る。キスだけでこんなに気持ちよくなれるのはマイキーとだから?それなら、この先のことをしたら私は一体どうなっちゃうんだろう。別れる前まではその行為が凄く怖かったのに、今ではそこまでの恐怖心はない。まあ、少しも怖くないと言えば嘘になるけど、それでも、大好きなマイキーと一つになれならどんなに幸せなんだろうって、本気でそう思えるから。


「紗羅」


ゆっくりと唇が離れて、透明な糸が切れる。


「なあに、マイキー」


幼い頃から、ずっと好きだった。今までずっとマイキーのことだけを見てきた。この公園でマイキーの彼女になれた時、もう死んでもいいと本気で思えた。それくらい、嬉しかった。幸せってこういうことなんだろうなって思った。マイキーと別れてからも、マイキーのことを想わない日は一日だってなかったよ。悔しいから絶対に言ってやんないけど。


ねえ、マイキー。
貴方は私の初恋なんだよ。
知ってた?


「紗羅は俺のお姫様だから、これからは俺が守ってあげる」
「………え、」
「…何だよその顔。もしかして覚えてねーの?幼稚園の時の「覚え、てる。忘れないよ。忘れるわけがない。大切な想い出だもん…」
「…俺さ、あん時からかわれて泣いているオマエを見て頭に血がのぼったんだよね。俺以外に泣かされてるのも、涙を見せたのも、心底ムカついた」
「……え?」
「だからこれからは俺が紗羅のこと守ればいーじゃんって思った。俺が紗羅の王子様になろうって。幼稚園児なのに笑えるよな」
「……ふふっ。マセガキじゃん、」
「今思えば、俺はこの時からずっと、紗羅に恋をしていたんだと思う。
少し気付くのが、遅すぎたけど」
「……っ」
「紗羅のことが好き。誰よりも、何よりも。他の何を失っても、紗羅のことだけは失いたくない。愛してる、本当に。涙が出るくらい、紗羅は俺の、大切な人なんだ」


夜空に輝くどんな星よりも、マイキーは…佐野万次郎は、美しい。もう、いつ死んでもいい。例えば今通り魔に殺されたとしても、何の後悔もせずに逝けると本気でそう思うから。ねえ、マイキー。まだ産まれて数十年しか経ってないけど、それでも。これ以上の幸せってきっとこの先ないと思うんだ。


「マイキー…。私…私ね、」
「うん」
「今すぐマイキーと…一つに、なりたい」
「…………それがどういう意味か分かってる?」
「うん…もうあの時の私じゃ、ないから」
「…いいの?」
「…ん、いいよ、」
「途中で泣かれてもぜってー止められないよ?…それでも、本当にいいの?」
「大丈夫…大丈夫だから。ねえ、マイキー」
「ん?なあに、」
「紗羅のハジメテは…マイキーとが、いい」
「っ、それは、俺もだよ。なるべく痛くならないように…優しくする、から」
「…うん」
「…家に、帰ろう」


ぎゅっと手を繋がれて、何も話さずに一緒に歩く。
来た時よりマイキーが少し早足なことには、気付かないフリをした。

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