東卍の紅一点



目の前でパーちんが長内をナイフで刺して、警察が来ているのに逃げることもできずに放心状態だった私の手を引っ張ったのはケンちゃんだった。
パーちんは自首すると言った。あの仲間想いの心優しいパーちんが、警察に、捕まる。
…なんで?なんで長内じゃなくて、パーちんが警察に捕まるの?グッと拳を握りしめる。悔しくて悔しくて涙が溢れ出た。そんな私を真っ直ぐに見据えながら、マイキーは口を開く。

「紗羅、大丈夫だよ。どんな手を使ってでも、絶対にパーちんを無罪にさせてみせる」

それが間違っていることだって、私もマイキーだって、本当は分かってる。分かっているけど、パーちんは私達の大切な仲間なんだ。何があっても、仲間は絶対に見捨てない。


「俺は反対だ。パーちんは自分の意思で自首したんだぞ?俺はパーちんのその覚悟を、大事にしたい」


そこからマイキーとケンちゃんの壮絶な喧嘩が始まった。始めは口喧嘩からで、次第にお互いの感情が高ぶって激しい殴り合いの喧嘩にまで発展して、ボロボロになっても尚マイキーとケンちゃんは自分の意思を曲げようとはしなかった。マイキーが「紗羅は俺の味方だよな?」と聞いてきて、迷わず「うん」と答えると、ケンちゃんは「…ふざけんな。俺はぜってー反対だからな」と私達から背を向けて去って行った。


「ケンちゃん…」
「あんな薄情者、ほっとけ」
「…私は、ケンちゃんの言っていることも正しいと思うよ。いや、違うか。本当はマイキーも分かってるでしょ?“何が”正しくて、“何が”間違っているのか」
「あ?何が言いてえの?」


ギロリと鋭い目付きで睨みつけられて「でも…」とマイキーの手をぎゅっと握りながら、言葉を続ける。


「でも、私もマイキーと一緒だよ。大切な仲間を、パーちんを、守りたい」


マイキーの瞳を真っ直ぐに見つめながらそう言えば、冷たかった瞳が柔らかく優しいものに変わっていって、そのまま身体を引き寄せられてぎゅうっとその腕の中に閉じ込められる。


「うん。ありがとう。紗羅なら絶対にそう言ってくれるって信じてた」


こうなったら、マイキーとケンちゃんが仲直りすることは難しいだろうな。だって、お互いに譲れないモノがあるから。今までのくだらない喧嘩とはわけが違う。私はマイキーと同じ、どんな手を使ってでもパーちんを無罪にしたい。釈放させたい。それが例え、間違っていることだとしても。パーちんは大切な仲間であって、友達だから。絶対に見捨てない。
でも、ケンちゃんの言っていることも理解できる。パーちんは自分の意思で、自首したから。
私はあくまでマイキー側の考えだけれど、だからといって別にケンちゃんと対立したいわけではない。むしろ対立なんてしたくない。早くマイキーと仲直りしてほしい。だからこそ、胸がじくじくと痛んで、苦しかった。そんな思いを隠すように、そっとマイキーの背中に手を回して、その身体に縋るように抱きついた。





タケミっちのお見舞いをする為にマイキーと一緒に病院に向かっていたら、偶然ケンちゃんと鉢合わせて、その瞬間ケンちゃんとマイキーは鋭い目付きで睨み合う。私は小さなため息を吐きながらマイキーの手をぎゅっと握る。


「あん。テメーなんでココいんだよ?」
「あ?てめーこそなんでココいんだ?」

「ヤベェぞヤベェぞ」
「マイキー君カップル来ちゃった!」

「マイキー君!?紗羅ちゃん!?」

「え!?最悪のタイミングじゃん!」
「一触即発!!」


あ、よく見たらケンちゃんの後ろにタケミっちもいるじゃん。思ったより元気そうでなによりです。


「オレはタケミっちのお見舞いだよ。なぁ?紗羅」
「うん。ケンちゃんも?」
「ああ、オレもそうだよ」
「は?タケミっちはオレのダチだし。オマエ関係ねえじゃん。なぁ?タケミっち」
「へ?えっと…」
「あ?何言ってんの?オレのダチだよなぁ!?タケミっち」
「あぅ…えっと」
「どけよ“デクノボー”通れねぇよ」
「あ?オマエがどけよ“チビ”」
「ちょ…ちょっと、ちょっと待ってくださいよ二人共」
「「あ!?」」

「アイツ止めに入ったぞ!」
「い!」
「死にてーのか!?」

「何があったか知らないっスけど、喧嘩はダメっスよ!!!!二人とも落ち着いてくださいよ!!?」
「おい!オマエ、何様!!?」


仲裁するタケミっちの胸ぐらを掴んでブチ切れるケンちゃんに、タケミっちは冷や汗を垂らしながらバッと縋るような瞳で私を見つめる。は?と眉をひそめると、タケミっちは「紗羅ちゃんもっ、この二人を止めてくださいよ…っ!」と叫ぶように言ってきて、ギロリとタケミっちを睨みつける。


「あ?二人に取り合いされたからって調子に乗んなよ?マイキーもケンちゃんも、タケミっちなんかより私の方が付き合い長いし私のことが大好きなんだから!」
「え!?!いきなりなんの話してんの!?!?」
「紗羅…」


マイキーに引き寄せられて、そのままぎゅうっと優しく抱きしめられる。


「紗羅のことが大好き」
「うん。私もマイキーのことが大好き」


マイキーと見つめ合いながらにこにこしていると、ケンちゃんが少しムッとした様子で私の名前を呼ぶ。


「…紗羅」
「なあに、ケンちゃん」
「俺も…オマエのこと……すき、だよ」
「っ、ケンちゃん!私もケンちゃんのことが大好き!」


普段あんまりそういうことを言わないシャイなケンちゃん。頬がほんのりと赤く染まっていてそんなケンちゃんのことがかわいくてかわいくてたまらない。マイキーから離れてケンちゃんのところに行こうとするけれど、マイキーがさっきよりも力強く抱きしめてくるから抜け出せない。ていうか痛い。マジで痛い。骨がギシギシ鳴ってる気がする。てか鳴ってる。え?コレ骨折れてないよね?大丈夫だよね?


「ケンチン。紗羅はオマエより俺のことが好きなんだよ。調子乗んな」
「あ?紗羅は俺の方が好きに決まってんだろ。オマエこそ調子乗んな」


「「あ?」」バチバチに火花を散らしている二人に、タケミっちはまるで魂が抜けたような顔をしている。


それからしばらく睨み合った後、何を血迷ったのかマイキーは私から離れて近くに置いてあった自転車をぶあっと持ち上げる。タケミっちは驚いた顔をしながら唾を吐いて(きたねーなあ)「マイキー君!?それはオレの愛車の疾風号!!!!」と血の気の冷めた顔で止めに入ろうとするけど、マイキーはタケミっちの愛車を容赦なくケンちゃんに向かって投げつける。


「あ゛ああ゛ああああオレの思い出があああ!!」
「テメぇ正気か!?」
「ドラケン君!?それは小4の時初めてホームラン打ったゴールデンバット!!」
「やんならトコトンだぁ」


あーあ…。流石にタケミっちに同情するけど、こうなった二人はもう誰にも止められないしなあ。諦めて安全そうな場所に移動してそっとしゃがみ込む。ていうか二人共絶対周り見えてないし。危険すぎる。
次々とタケミっちの思い出の物が二人の手によって破壊されていって、その度にタケミっちの悲鳴が響き渡る。


「…タケミチ災難だな」
「あれは台風だ」
「過ぎるのを待つしかない。ナムサン」


「ここで決着つけるかぁ?」
「上等だぁ」

「待てよ。テメぇらいい加減にしろや…」


え。いきなりどうした、タケミっち。いやタケミっちが二人に怒るのも無理ないけど。これは…かなりマズイんじゃないか?


「「あん?」」


本気でキれたタケミっちをマイキーとケンちゃんはなんとか宥めようとするけれど、タケミっちの勢いは止まらない。流石にヤバいんじゃないかとタケミっちに駆け寄ろうとするけれど、タケミっちの言葉にピタリと足を止める。


「周りの事なんてどうでもいいんだろ!?」
「悪ぃーって!別にオマエのこと傷付けるつもりはなかったんだ」
「どうでもいいから、喧嘩なんかしてんだろ?」


胸がぎゅっと苦しくなる。タケミっちのその言葉は、ずっと私が言えずに心にしまい込んだ気持ちだから。


「…タケミチ」
「アンタら二人がモメたら周りにどんだけ迷惑かけるかわかってねぇだろ!!?二人を慕ってついてきた皆だってモメちゃうんだよ!!?二人だけの問題じゃねぇじゃん!!!東卍皆バラバラになっちゃうんだよ!!?それに…それにっ!二人が大好きな紗羅ちゃんだって辛い思いしちゃうんだよ?!そんなの悲しいじゃん!!!オレやだよ、そんなの見たくねぇよ!!自分勝手すぎるよ。二人はさ、もっとかっこよくいてよ」


「……タケミっち」
「紗羅ちゃん」
「ありがとう」


私は言えなかった。どうせ何を言ってもこの二人の喧嘩を止めることは無理だと初っ端から諦めていたから。それなのにタケミっちはーー。心の底からタケミっちに感謝の気持ちを込めてお礼を言えば、タケミっちは目を丸くして、そしてすぐにヘニャリと照れ臭そうに笑った。
その顔が一瞬真一郎くんと重なって見えて、すぐに違うこの人はタケミっちだと、バッと顔を逸らす。


「タケミっち」
「マイキー君…いいよもう帰ってくれよ!!」
「あのさ…さっきからずーっと

アタマにウンコついてるよ」
「へ?えーーーー!?なんじゃコリャ!!」
「キッタネータケミっち!!ハハハハハ」
「ブッ…さっきゴミにつっこんだ時じゃない?」
「なんでもっと早く言ってくんないんスか!!?」
「だってすげー真剣なんだモン。アタマにウンコついてんのに!」
「真剣って!!そりゃ二人が」
「逃げろケンチン!紗羅!ウンコが来んぞ!!」
「臭っせっ」


「ねえ、タケミっち」


え?と振り向くタケミっちの手を取って、握手をする。


「今日から友達。よろしくね、タケミっち」
「えっ!今までオレ達友達じゃなかったんスか!?!」
「自惚れんなよ、クソガキ」
「いや一つしか違わないじゃないっスか…」


ムスッとむくれるタケミっちにいひひっと笑って、「「紗羅ー!!」」と大きな声で私の名前を呼んでいる二人の元に駆け寄る。
タケミっちのことがずっと苦手だったけど、少しは認めてあげてもいい…かな?なんてね。


「いや姫かわいすぎだろ…」
「オレも姫と握手してええええ」
「おいタケミチ…うわっなんだよオマエ顔真っ赤じゃん!」
「ヒッヒナには内緒にしろよ!?!」
「つかマジでくせーなオマエ…」
「なんでこんなウンコ野郎にあんなかわいい彼女がいて姫にも友達認定されるんだー!クソー!羨ましーー!!」
「ウンコ野郎言うな!!!」













「…紗羅」
「ん?なあに、マイキー」
「今日の夜に話したいことがあるんだ。凄く大事な、話」
「…うん」


マイキーにぎゅっと握られた手が、凄く凄く、熱い。ねえマイキー。こんな風に言われたら、いやでも期待しちゃうよ。隣にいるケンちゃんが、そんな私達のことを優しい眼差しで見つめていて、なんだか涙が出そうになった。

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