灰谷三兄妹

しつこい男は嫌い。喧嘩が弱い男は嫌い。退屈な男は嫌い。ブサイクなんて論外。


顔も最高にかっこよくて、
スタイルも抜群で、
喧嘩も強くて、
レンにとびっきり甘くて優しい。
そんなお兄ちゃん達がレンの理想であって、王子様であって、全てなのだ。


「蘭ちゃん」
「ん〜?なあに、蓮華」
「竜胆」
「すぐ終わるからもう少しだけ待っててな、蓮華」


レンの呼びかけに振り向いた二人はにっこりと優しく微笑む。その綺麗な顔は返り血で真っ赤に染まっていて勿体ないなあ、と眉を下げる。せっかくこんなにも美しいのに。
二人はまた動かなくなった物体に視線を戻すと執拗に殴り続けて、暇になって携帯をパカリと開く。

竜胆が言っていた。すぐ終わるからって。すぐって後どれくらい?5分?10分?それとも1時間くらい?
このまま殴り続けたら、間違いなくコイツは死ぬだろう。


「蘭ちゃん。竜胆」


ふとフラッシュバックする。あの日の光景が、鮮明に、まるでつい昨日の出来事のように。
警察に連行される蘭ちゃんと竜胆。
手を伸ばし泣き叫んでも、二人がその日から数年間、戻ってくることはなかった。

産まれた時からずーっと一緒だった。
毎日世界一可愛いと言ってくれて、寂しがりやのレンに二人はたくさんぎゅーしてくれた。レンがクラスの女子に悪口を言われた時、お兄ちゃん達はそれはもう怒って、気付いたらその子達は全員不登校になっていた。クラスの男子に告白された時は、次の日お兄ちゃん達はその男の子を血まみれになるまでたくさん殴って、その子は結局転校した。
オマエは美しいから変な野郎どもに連れ去られるといけないから護身術を教えてあげると、喧嘩のやり方を二人に一から全て教わった。
二人の教え方が上手いのかレンに才能があったのか分からないけど、数年後には二人と並ぶくらい喧嘩が強くなっていた。そんなレンに二人は 流石俺たちの自慢の妹だな! とそれはもう嬉しそうに笑って、すごくすごく誇らしくて、幸せだった。


蘭ちゃん。竜胆。
レンの大好きなお兄ちゃん。
二人はレンの命で、心で、全てだった。


それなのに、それなのに…。
一人の人間を殺めた。たったそれだけの理由で、忘れもしない、レンが10歳の時。この世の誰よりも愛する兄達と、数年間離れ離れになった。
この数年間は本当に生き地獄のようだった。
蘭ちゃんと竜胆がいない世界でどうやって生きていけばいいの。途方にくれた。
毎日息苦しくて、憂鬱で、食事も上手く喉を通らない。孤独から逃げるようにほとんど家にも帰らなくなって、それはもう荒れた。荒れに荒れまくった。
髪の毛を脱色し、ピアスを開け、夜の街に繰り出しては喧嘩に明け暮れる。そんな日々を過ごしていくうちにまるで廃人のように、どんどん瞳に光を写さなくなっていった。
毎日真っ暗闇の中にぽつんといて、ただ出口を求めて彷徨い続けた。


「「蓮華」」


久々に聞いた懐かしいその声に、ようやく上手く呼吸ができる。ずっとずっと、苦しかった。苦しかったんだよ。


二人が優しく抱きしめてくれる。二人の匂いに包まれながらまるで涙腺が決壊したかのように、二人の腕の中で子供のように泣き続けた。


「ごめんな、蓮華。寂しい思いさせて」
「っ、蘭ちゃん」
「もう二度と、オマエを一人にはさせねーから」
「っ、竜胆」


「「約束する」」


ハッとして顔を上げる。ぽろぽろと涙が頬を伝い、地面にぽたぽたとシミを作る。
そう、あの日、あの時。お兄ちゃん達と約束したの。もう二度と、レンを一人をしないって。
ピクリとも動くなった物体に視線を移す。うそ。死んだ?死んじゃったの…?
この物体はレンの元彼だった。別れてもしつこく言い寄ってきたからむかついてたけどメンドーだからずっとシカトしてた。それなのに今日。お兄ちゃん達とお出かけしていたら偶然鉢合わせた元彼にいきなり肩を掴まれて、「俺はオマエと別れる気なんてないからな!」ともうとっくの昔に別れたはずなのにちょー今更なことを言ってきて なに言ってんのコイツ と首を傾げているうちに蘭ちゃんと竜胆は元彼に殴りかかっていた。そして今に至る。



「ら、蘭ちゃんっ…り、竜胆…っ」


小さく震えた声にハッとした二人はようやく殴るのをやめて、血相変えて駆け寄ってくる。


「どうしたの蓮華。なんで泣いてるの?」
「もしかして退屈しちゃった?ごめんな、すぐ終わらせるって言ったのに」
「…もう一人にしないって、約束したのに…っ」


うわああああん、と泣き叫ぶレンに、二人はぎゅーっと、まるであの日のように力強く私を抱きしめる。


「うん。約束したよ。かわいい妹との約束を、兄ちゃんが忘れるはずないだろ」
「でもっ、お兄ちゃんたちっ、また警察に捕まっちゃう…っ」
「え?なんで?」
「なんでって…コイツ死んだんじゃないの…?」


そう言って元彼を指差すと、少し間を置いて ああ! と言った二人はニヤニヤしながら脚でぐりぐりとその身体を踏みつける。しばらくしたら う゛っ… と呻き声を上げた元彼にまた涙が溢れる。良かったぁ…。本当に良かった…。生きてた…。別にコイツが死んだところで悲しくもなんともないのだけれど、もう二度と、あんな思いはしたくないの。ただ、お兄ちゃん達とずっと一緒にいたいの。


「おーい。ゴミ屑野郎。最後の忠告だ」


蘭ちゃんが楽しそうにそう言ってぐいっと前髪を掴んで無理矢理ソイツの顔を上げると、さっきまでの楽しそうな顔から一変して、その綺麗すぎる顔からすっと表情が消える。


「金輪際蓮華に関わるな。次もし蓮華の前に現れたら、その時はーー殺す」


ヒィィッ…!と悲鳴を上げた元彼はそのままフラつきながらその場を離れて行って、蘭ちゃんと竜胆はニコニコしながら手をひらひらと振っている。


「蓮華〜オマエ趣味悪スギィ。あんなヤツのどこが良くて付き合ったん?」
「別にレンの好みじゃなかったんだけどぉ…“オマエにならなにされても良いし土下座でもなんでもするから俺の彼女になってくれ”ってお願いされたからぁ」
「うわぁ」
「きもー」
「じゃあ“全裸で土下座してー♡”って言ったらまじで全裸になって土下座したのー。しかもきもーって爆笑したら勃起してんの。まじウケる」
「ハハッ。ぐっちゃぐちゃに殺してやりてーくらいきめー野郎だなあ」
「っ殺しちゃだめ!せめて半殺しにして!またお兄ちゃん達と離れ離れになっちゃう!」
「ジョーダンだよ」
「蓮華は兄ちゃん達のことが大好きだからなあ」


うん。ほんとうにだいすき。愛してるの。そう言いながら二人にぎゅーっと抱きつくと、蘭ちゃんは優しく頭をよしよししてくれて、竜胆はほっぺたにキスをしてくる。


「「俺も蓮華を愛してる」」


灰谷蘭。灰谷竜胆。灰谷蓮華。
3人で六本木を仕切っている、カリスマ兄妹。レン達の世界は、この3人の中でぐるぐると廻っている。
お互いがお互いを必要としていて、依存している自覚はある。まるで共依存だ。それでも、レン達はそんな世界を心の底から愛している。


嗚呼、なんて素敵な兄妹愛なのだろう。