ぼくはきみのもの

人間が生きる為に酸素を吸い二酸化炭素を排出するように、俺にとって兄ちゃんはいて当たり前の存在だった。
俺と兄ちゃんは、2人で1つ。
俺の心臓は兄ちゃんで、兄ちゃんの心臓は俺だ。
どっちが欠けても生きられない。

そんな2人だけの世界に、突然飛び込んできたのは真っ白でふわふわの天使だった。
そう、あの時、あの瞬間。
俺たちの世界は、変わったんだ。


灰谷蓮華。俺と兄ちゃんの、この世でたったひとりの最愛の妹。俺たちの、宝物。
かわいくてかわいくて兄ちゃんと2人でそれはもう妹のことを溺愛した。くしゃくしゃな笑顔も、舌ったらずな話し方も、俺たちによく似たその顔立ちも、蓮華の頭のてっぺんからつま先まで全てが愛おしくてたまらなくて涙が溢れた。


そう、俺は。兄ちゃんと約束したんだ。妹を、蓮華のことをーー俺たちが命をかけて守るって。







蓮華は幼い頃、純粋で素直すぎて人に流され染まりやすいところがあった。良く言えば純真無垢。兄ちゃんと俺の後ばっかりついてべったりだった妹は、予想通り“普通”とはかけ離れた女の子に育っていった。俺たちによく似た言動をし、俺たちのような行動をとる。小学生の頃クラスの女子に悪口を言われたとわんわん泣いていた妹は、俺らがネンショーに入っている間に荒れに荒れまくり、中学に上がると気に食わない相手は容赦なくボコるようになった。相手が男だろうが女だろうが泣こうが喚こうが血濡れになろうがそんなことお構いなし。まるで無邪気な子供のような笑顔で、飽きるまで相手を殴り続ける。


純粋で真っ白だった天使は、
真っ赤な血濡れの悪魔に育っていった。


悪い気はしなかった。蓮華を俺と兄ちゃん色に染められた気がして。けれど、それと同時に心配もあった。蓮華は俺たちと違って、女だ。いくら喧嘩が強いとは言え、男と女じゃ力も体格も何もかもが違う。もしも俺たちがいない時に蓮華になにかあったら…?
そう考えると居ても立っても居られなくて、兄ちゃんと話し合って蓮華にトンファーを渡した。
蓮華はそれはもう新しい玩具を手に入れたみたいな喜びようで、その上達は凄まじいものだった。


「蓮華は天才だな」
「え?なんで?」
「飲み込みが早い。そんなに努力しなくても、なんでもそつなくこなせる。兄貴に似たんだな、これはもう、才能だよ」


ぽん、と頭の上に手を置いてわしゃわしゃと撫でれば、蓮華は不思議そうな顔をして頭をこてん、と傾げる。


「竜胆も天才だよ?」
「え?」
「だって竜胆めちゃくちゃ強いじゃん!関節技とか凄いし!蘭ちゃんもレンもできないもんっ!すごいよ!かっこいい!だから竜胆も天才なんだよっ」


キラキラと目を輝かせながら俺にそんなことを言う蓮華に、「……そうかよ」と俯きながらポツリと呟く。ぜってえ今蓮華に顔見せらんねぇ…。顔が、熱い。思えばいつだって俺は、兄ちゃんの二番煎じだった。周りからも、“灰谷蘭”の弟としてしか見られなくて、ナメられることなんてしょっちゅう。少しばかり劣等感を抱いていたのも事実で。


「竜胆、こっち向いて」
「ヤダ」
「なんで」
「ヤダったらヤダ」
「…さみしい」
「……」
「りんちゃんがレンのこと見てくれないと、さみしくて泣いちゃう」
「……あ゛〜もうっ」


バッと顔を上げると、その瞬間、唇に柔らかな感触があって。そのまま何度も角度を変えてキスをされる。前から思ってたけど蓮華のスイッチがわかんねえ…。


「照れてるりんちゃん、かわいい」
「…あっそォ」
「りんちゃんはかっこよくてかわいくて優しくて強くて…レンの自慢のお兄ちゃんなんだよ」
「…おう」
「りんちゃんは特別なの。選ばれた人間なの。
これだけは絶対に、忘れないでね」


いつも蓮華のことを守っているつもりでいた。だけど、俺もいつの間にか蓮華に守られていたことを知った。胸がキューっと締め付けられて、じわりと視界が滲む。今度こそバレたくなくて、蓮華を引き寄せてその華奢な身体を腕の中にぎゅうっと閉じ込めた。苦しいよぉ〜なんて言いながら背中に手を回してくる蓮華のあまりのかわいさに俺のなけなしの理性なんてものはあっという間に崩壊されて、そのまま蓮華をゆっくりとベッドに押し倒す。


「愛してる」


自分が人より綺麗な顔をしている自覚はある。幼い頃からずっと女にちやほやされてきた。兄ちゃんの童貞卒業を聞いて、なんとなく兄ちゃんに置いていかれるのが嫌ですぐにタイミングよく告白してきた年上の女で童貞を捨てた。女を抱いている間も、ずっと頭を過るのは妹の蓮華のことばかりで。蓮華はどんな甘い声で喘ぐのかな、どんな風に善がるのかな。そんなことを想像しながら女を抱いて、射精した。

ふわふわとした気持ちが、確信に変わったのは確かこの時だった。

蓮華が兄ちゃんに抱かれたことにはすぐに勘付いた。2人を纏う雰囲気が、以前と全然違うから。
思えば蓮華のファーストキスを奪ったのも兄ちゃんだった。兄ちゃんのことは大好きだし流石に嫉妬はしないけど、それでも。羨ましいなあ、なんて思って、その数日後に蓮華を誘ってそのまま流れるようにセックスをした。とてつもない快楽で、何度も「もぉむり…っ」なんて泣きながら喘ぐ蓮華を抱いて、射精した。


あの頃より随分とエロくなったなあ。
まあ、俺と兄ちゃんが全て蓮華の身体に教え込ませたんだけど。


「あっ…だめぇっ…そこっ、当たるっ♡当たってるぅっ♡」
「はあっ、ここだろっ?たくさん突いてやるからなァ♡」
「あ゛っやっ、そこイくっ、イっちゃう…っ♡」
「はっ、んっ…蓮華のおまんこやばっ、きもちぃっ…♡」


ピストンするたびにお互いの愛液でどちゅっ♡ぱちゅっ♡といやらしい音が鳴り響いて、それにすら興奮する。そろそろ精子作りすぎて玉がパンパンで痛くなってきた…っ。顔をトロンとさせながら髪を振り乱して大きな声で喘ぐ蓮華の両手をぎゅっと握って射精をするためにさらにピストンを高速にする。


「お゛っ♡だめだめだめだめっ♡すごっ…はやいぃっ♡」
「あ゛っ…はあ、すげー締め付けっ♡ちんぽきもちぃっ♡」
「そこやばいっ♡すごいのクるっ♡キちゃうのぉっ…♡」
「一緒にイこっ?俺の名前を呼んでっ…あっ、イっちゃえ♡」
「りんどぉっ、だめぇっ!イくっ、イっ〜〜〜ッ♡」
「はあっ、蓮華っ、俺もイっ…く…♡」


2人同時にぶるっと身体を震わせながら深く長い絶頂をして、はあはあとまだ息が整わないままチュッチュッと啄むように口付けあう。


「りん、ちゃん…」
「ん?なあに」
「レンもりんちゃんのこと、愛してる」


ふわりと綺麗に微笑む蓮華は、この世の誰よりも美しい。大袈裟でもなんでもなく、本気でそう思うんだ。














「悪ぃ。妹から連絡きたからもう帰るわ」
「…は?なに言ってんの?」
「んじゃ」
「えっ、は?!いやちょっ…待ってよ竜胆っ!!」


セフレのアパートを出て急いで家に帰る。
ガチャ、と玄関の扉を開けた瞬間、蓮華がすぐに俺にぎゅうっと抱きついてくる。


「…遅い」
「オマエのために全力疾走できた兄ちゃんにそれはヒドくね?」
「…臭い」
「あー…コイツとはもう別れるから。つーか、うん。彼女じゃねえから、切るわ、もう」
「約束ね。こんな安っぽい香水つける女とりんちゃんは釣り合わない」
「ん、約束する。で、どした?」


頭をポンポンしながらなるべく優しくそう聞くと、蓮華はムスッと顔をしかめながら玄関に置いてある見覚えのない真っ赤なヒールを指差す。
あー…まあ、だいたいこんなこったろうとは思ったけど。


「学習能力なさすぎ。信じられない。蘭ちゃんなんてだいっきらい…!」


ホント兄ちゃんガキなんだよな、こういうとこ。
蓮華に嫉妬してほしくてわざと女連れ込むの本気でやめてほしい。小学生男子かよ、いやマジで。
それでも以前よりは大分マシになったけど、その度に俺が蓮華宥めてるの知ってるよなぁ?


「兄貴ひどいよな。うん。わかるよ」
「何回も家には女連れ込むなって言ってるのに…!」
「ほんとだよな。また俺からも言っとくから」
「約束ね、絶対に言ってね!!!」
「うん。だから機嫌なおして?俺のかわいいお姫様」


そのままちゅうっとその柔らかな唇にキスをすれば、満更でもなさそうな蓮華が俺の首に腕を回して今度は自分からキスをしてくる。「…ねえ、このままラブホ行こぉ?」なんて、こんなかわいい顔でおねだりされて誘いに乗らないヤツなんてこの世にいんの?












蓮華のことがすき、だいすき。蓮華の望むことはなんだって叶えてあげたいし、わがままも聞いてあげたいし、蓮華が嫌がることや傷付くことはしたくないし、害を与える奴は俺と兄ちゃんで排除する。
めちゃくちゃに甘やかして、溺愛している自覚はある。それでもやっぱり蓮華はかわいいいかわいい俺たちの妹で、大切な宝物なんだ。









事後。ラブホのベッドでスヤスヤと規則正しい寝息を立てながら眠る蓮華の頭をよしよし撫でながら兄ちゃんからきたメールの返事を打つ。
『今どこ?』『れん、泣いてる?』
兄ちゃんの愛は歪んでる。だけど、蓮華のことを心の底から愛していて大切にしているのを俺は誰よりも見てきて、知っているから。

ブーブーと携帯のバイブ音が鳴り響く。俺の携帯じゃないから蓮華のか。十中八九、“三途春千夜”からだろうなあ。携帯を手に取りパカリと開くと予想通りアイツからの着信で、すぐにでて『死ね』とだけ伝えて電話を切った。その後も何度か電話がかかってきたけど全部無視。


「ん…」
「起きた?」


髪を手櫛で梳かすように撫でると、蓮華が気持ちよさそうに目を細める。猫みてえ。かわいい。


「三途から電話きてたよ」
「ん〜?春ちゃん、?」
「ん。死ねって言って切った」
「ふっ…ふふ、絶対今春ちゃんキれてんじゃん」
「…オマエは俺と三途、どっちが大事なの?」
「りんどぉ。そんなこと聞かなくてもわかるでしょ〜?」
「…お願い、兄ちゃんを不安にさせないで、」
「うん。ごめんね、竜胆。愛してる」
「俺も愛してる」


今までずっとどんな女より蓮華のことを優先してきた。蓮華を愛してるから。不安にさせたくなくて、安心させたくて。俺は蓮華のモノだって、分かってほしくて。だから、ねえ、頼むから。蓮華も俺のこと、不安にさせないで、安心させて。オマエは俺と兄ちゃんだけのモノだって、きちんと俺に分からせて。格好悪くたってなんだっていい。蓮華が俺たちとずっと一緒にいてくれるなら、俺はなんだってやってやる。悪にだって、なんだって。それって究極の愛だろう?