いちばんにあいされたい

ガキの頃の記憶なんて朧げだ。
だけどそんな中でたった1つだけ、確かなものがある。
二人で一つ。運命共同体。そんな俺と竜胆に、宝物ができた日。
あの日のことを俺は生涯忘れることはないのだろう。


「蘭。竜胆。この子が貴方達の、妹よ」


俺がまだ3歳の頃、俺たちの妹が産まれた。
自分達よりもずっとずっと小さくて、ふわふわでまんまるの顔の、赤ん坊。
ゆっくりと手を出したら、その小さな手で指をぎゅっと握ってくれた。
かわいい、と思った。
生まれて初めての感情だった。

少しづつ成長していく妹。あやすと笑うようになって、名前を呼んだら反応するようになった。


「に、に」
「え?」
「にぃ、に」
「なあ兄ちゃん!今俺たちのことにぃにって言ったよな!?」
「うん、言った…」
「もう一回言ってー!蓮華ー!おねがい!」
「にぃにっ」


うれしくてうれしくてたまらなくて、竜胆にバレないようにこっそり泣いた。竜胆は堂々と嬉し泣きしてた。
そう。俺らの妹のはじめて話した言葉は、「にぃに」だった。

妹は成長していくにつれてめちゃくちゃお兄ちゃんっ子になっていった。
いつも俺らの後ばっかついてくる。それも俺と竜胆の2人が揃っていなくちゃダメで、1人が不在の時はそれはもう泣いた。ギャン泣きだった。
大変だなって思うこともたくさんあったしイライラすることなんてしょっちゅうだったけど、でもそれ以上にかわいくてかわいくて仕方なくて俺はまだけつの青いガキのくせに愛おしい、という感情を初めて知った。

竜胆へ向ける想いとはまた別の感情。
竜胆は自分の片割れであって、いて当たり前の存在。
蓮華は俺らの宝物で、命をかけて守る存在。

俺と竜胆と蓮華。俺の世界にはこの3人しか存在していなくて、他は全てモノクロだった。




13歳の時に童貞を捨てた。近所に住む4つ年上のいかにも股の緩そうな女に誘われて、そのまま流れで童貞卒業。普通に気持ち良くて、ふーんセックスってこんな感じなんだ、なんて思った記憶がある。
そのことをなんとなく竜胆と蓮華に話したら、竜胆は顔を真っ赤に染めて、蓮華はなぜか不機嫌になってリビングから出て行ってしまった。
は?なんで?意味がわからずぽかんとしていると、竜胆が「あー…」とぽつりと呟いて、そして「ありゃヤキモチだな」そんな言葉を口にした。


「ヤキモチ?」
「そ。蓮華兄ちゃんのことマジで好きだからなあ。彼女に妬いてんだろ」
「あ?彼女じゃねーし」
「は?じゃあなんでヤってんの?」
「誘われたから」
「…兄ちゃんってそういうところあるよな」


そう言って呆れたようにため息を吐く竜胆。
まあいいやとどうせ自分の部屋にこもっているであろう蓮華の元に足を進める。
ガチャ、と扉を開けると蓮華はベッドの隅で啜り泣いていて、俺の存在に気付くとキッと瞳に涙の膜を張りながら睨みつけてくる。ーーゾクゾクした。俺のことを想いながら泣いている蓮華にも、俺とヤった女に嫉妬している蓮華にも、その全てが俺を死ぬほど興奮させる。


「なんで泣いてんの?」
「蘭ちゃんのばかっ!勝手に部屋にはいらないでっ」
「質問に答えろよ。なんでオマエは今泣いてんの?」
「……しらない」
「あ?答えになってねえよ」


ギジリとベッドが軋む。蓮華の顎を指でクイッて持ち上げてそのままキスをすると、蓮華はうるうると瞳を潤せながらぎゅうっと俺に抱きついてくる。


「…蘭ちゃんは」
「うん」
「蘭ちゃんはその女の人とレン、どっちがすきなの…?」
「蓮華。オマエ以外興味ねえよ」
「……ほんと?ほんとのほんとに?」
「ホント。蘭ちゃんが嘘つくわけねえだろ」
「……」
「ふはっ。なんだその疑いの眼差しは」
「……信じていいの?」
「うん。兄ちゃんを信じて」


泣き虫で甘えん坊で寂しんぼでわがままで兄ちゃんのことが大好きな…かわいいかわいい俺と竜胆の大切な妹。俺たちの、宝物。
目に入れても痛くないくらい溺愛している自覚はある。
そんな妹の独占欲がこれほどまでに興奮するなんて知らなくて、あーやべえこれクセになりそう、なんて思った。そして実際クセになった。ネンショーを出所してからわざと蓮華に見せつけるように家に女を連れ込んではヤるようになった。蓮華はその度に泣いたり怒ったり情緒が不安定になって、蓮華を心配している竜胆に普通にキレられた。スルーしたけど。
何度も何度も何度も「その女とレンどっちが好き?」なんて不安そうに聞かれて、その度に「蓮華以外の女に興味ない」と答えると安心したような顔をして笑う蓮華が愛おしくてたまらなかった。
いつからか蓮華は俺に一番に愛されてるという自覚を持ちはじめて「女と遊ぶのは別に構わないけどレンのいないところでヤってね」なんて言うようになった。少しだけつまらない気持ちになったけど、やっぱり他の女とヤってる俺を見るのは嫌なんだって思ったらたまらなくかわいくて不機嫌になるのを分かった上で時々女を家に連れ込んでヤってはその度に竜胆に呆れられている。うん、自分でも分かってるよ。ガキみてーなことしてんなあって。



「彼氏と俺どっちが好き?」
「彼氏…「あ゛?」って言ったらどーするの?」
「殺す」
「…蘭ちゃんが言うと冗談に聞こえなあい」
「だって冗談じゃねーもん」
「ふふ。蘭ちゃんの方が好きに決まってる。蘭ちゃんと竜胆が、レンの全てなの」
「うん」
「蘭ちゃん、すき」
「俺もすき」


蓮華の処女を奪って、俺は妹のハジメテの男になった。蓮華の全てが欲しかった。蓮華の特別でありたかった。その想いが妹に向けるものとは異なることを、俺はもうずっと昔から気付いている。
蓮華が誰に抱かれようが誰と付き合おうが別に構わない。そこに“心”が伴わなければ、それに何の意味を持たないことを俺は身を持って知っているから。

俺をもっと欲して、求めてほしい。
俺もオマエのこと、誰よりも何よりも大切にするから。











天竺の幹部メンバーになった蓮華は、元東卍メンバーの“三途春千夜”という男と急接近しはじめた。
蓮華が三途を女と勘違いして話しかけたことがきっかけなんだと俺と竜胆に嬉しそうに話していたっけ。
はじめは特に何も思わなかったけど、俺と竜胆の予想を遥かに超えて蓮華は三途という男を気に入っているようだった。
三途を見ると嬉しそうに笑う。三途と話していると時より照れ臭そうに頬を染める。なにかと春ちゃん春ちゃん、と三途の話をする。
そう、まるで三途に恋をしているみたいに。
頭がおかしくなりそうだった。
蓮華の男癖の悪さはそれはもう有名だけど、あいつは基本的に来る者拒まず去る者追わずのスタンスで、顔がある程度良くて身体の欲求を満たせればそれでいいという考えだ。蓮華の特別はいつだって俺と竜胆だけで、それ以外にはなんの関心もない。いや、絶対にあってはならない。


「なあ聞いたか?灰谷兄妹の末っ子の蓮華さん、元東卍の三途とデキてるらしいぜ」
「は?!マジで!?三途ってあのめちゃくちゃ美形なヤツだろ…?」
「おう。なんでも2人がキスしてんのうちの隊の連中が見たらしくてさ」
「うわぁーマジかー。俺蓮華さんのこと密かにいいなって思ってたのにショックすぎる…」
「いやオマエじゃ相手にされねえだろ。彼氏あの三途だぜ?面食いにもほどがあるだろw」


「その話さあ、もっと俺に詳しく教えてくんない?」
「え………」
「ら、らんさっ…」


異様にむしゃくしゃして話を聞く前に警棒でボコった。辺り一面が血で真っ赤に染まって、俺を探しに来た竜胆はその光景を見てはハァ、と大きなため息を吐き出す。


「兄貴ィ…なにやってんだよ。コイツらモッチーの隊のヤツらじゃん。アイツそーいうのうるさいからやめろよ」
「あ?だから?そんなの俺に関係ねえし」
「…なにイラついてんの?兄貴にしては珍しく感情的じゃん」
「世の中には譲れないものがあるんだよって話」
「は?」


蓮華を傷つけるものは全て俺と竜胆で排除してきた。あいつには幸せに生きてほしいから。ずっとずっと、俺と竜胆で蓮華を守ってきた。大切にしてきた。俺と竜胆と蓮華の3人だけの世界に、三途はいらない。









「三途にさあ、話したいことがあって」
「? なんですか?」
「オマエさあ、うちの妹と随分と仲良いみたいじゃん?なに、デキてんの?」
「いや…妹さんとはそういう関係ではないので…」


イライラする。そういう関係じゃなかったらなんで蓮華とキスしてんだよ嘘つくなよ殺すぞ。
三途の目が嫌いだ。何を考えてんのか分からないその能面みたいなツラも、全部全部、嫌い。気に食わない。


「遊びなら許す。
ただし、蓮華に本気になったらーー殺す」
「はあ…?(普通逆じゃねえの?)」
「俺に殺されたくなかったらアイツに深入りすんなよ」
「……分かりました(シスコンもここまでくると病気だな)」


蓮華が産まれてから俺と竜胆の2人だけの世界は、3人になった。竜胆と2人で妹を守っていくと誓った。蓮華のことをこれほどまでに愛しているのはーーこの世でたった2人、俺と竜胆だけだ。









「……蓮華」
「うん?なあに、蘭ちゃん」
「抱きしめて、ぎゅうってして」
「ん〜?今日のお兄ちゃんは甘えたさんなの?」
「うん」
「ふふっ。ぎゅーっていっぱいしてあげるね」
「れん、すき」
「レンも蘭ちゃんのことだぁいすき」


周りの意見や価値観なんてクソ食らえだ。妹だから?血が繋がってるから?紙切れ一枚でしか繋がることができないヤツらなんかより、よっぽど俺らの方が深いところで愛し合っている。だってそうだろう?


「…もし三途に本気になったら、俺アイツのことマジで殺すわあ」
「蘭ちゃんと竜胆以外の男にレンが本気になるとでも?」


悪戯な笑みを浮かべる蓮華の唇に、噛みつくようなキスをする。狂ってる、なんて。やっぱ血は争えねえなあ。