地獄の果てまで一緒だよ

お兄ちゃん達と喧嘩した。
今回ばかりはお兄ちゃん達が謝らないかぎり絶対に許してあげないと、家を飛び出した。
竜胆は追いかける素振りを見せたけど、蘭ちゃんが「ほっとけ」と一言言って、その足をパタリと止めた。その声がいつもより数段低くて、蘭ちゃんも相当怒っているんだと思ったけど、それでも、レンだって物凄く怒ってるんだもん。絶対に謝らないから!


ふらふらとネオン煌めく夜の街を歩く。チラチラと頬を染めながら見てくる通行人。下心丸出しで声をかけてくるチャラ男。それでもレンの背中と両足の刺青を見ればすぐに顔を青ざめさせながら「すっ、すいませんでした…!」と逃げるように走り去っていく。あ、そっか。今日の私服はブラックの背中あきミニワンピだから、刺青見えるのか。この刺青は六本木を仕切っている“灰谷兄妹”のトレードマークでもあるからなあ。


今からどうしよう。満喫?ビジネスホテル?それとも適当にセフレの家に泊めてもらう?
とりあえず携帯を手にとって開いてみると、うわぁ、と思わず顔が引き攣る。未読メール150通。不在着信52件。不在着信に至ってはほとんどが竜胆からで、11件は蘭ちゃんからだった。
メールを開いてみると、
竜胆『今どこ?』『兄ちゃんも蓮華のことめちゃくちゃ心配してる』『変な奴に絡まれてない?』『返事ちょうだい』『生きてる?』『おい』『れん』『今すぐ帰ってこい』『やっぱ迎え行くわ。今どこ?』『返事しろって』『俺心配しすぎてハゲそうなんだけど』『電話でろ』『とりま今から迎え行く』
蘭ちゃん『さっきは言いすぎた』『怒ってる?』『話し合いたい。今どこ?』『竜胆と迎えに行くから今いる場所教えて』『返事ちょうだい』『大丈夫?』『おい、生きてる?』『電話でて』『なんででないの?』『今なにしてんの?』『返事しろ』『探しに行く』
同じような文章が秒単位で送られてきていてもはや恐怖しか感じない。ていうか2人とも最後らへん若干キレてるよね?え、気のせい??
こうなると見つかるのも時間の問題な気がする。でも、絶対に今日はお兄ちゃん達に会いたくないしそうなるとここより離れた場所に行くしかないととりあえず電車に乗り込んだ。勿論ソッコーで携帯の電源は消した。こう見えてレンだって本気で怒ってるの。お兄ちゃん達のことは大好きだけど、そう簡単に仲直りしてたまるもんか。



新宿駅に着いて、とりあえず新宿に住んでいるセフレに連絡しようとしたけど、今携帯の電源を入れるのはちょっとなぁ…とためらって結局やめた。満喫にでも入ろうかとブラブラしていたら、リーゼントの髪型をしている大柄の男数人に声をかけられて、はーと分かりやすく溜息を吐く。


「わーお♡スッゲー美人じゃん」
「いくつ?高校生?」
「お姉ちゃん、えっろい格好してんね〜♡なーに、もしかして欲求不満?」
「お兄さん達が慰めてあげようか?」


ニタニタ下品な笑みを浮かべながらレンの胸元や太ももばかりに目をやるブタ共に、首を傾げながらニッコリと笑みを浮かべる。


「鏡見て出直せよ、ブースッ♡」


あ゛?とこの中のリーダーぽい男の額に青筋がピキリと浮かぶ。


「舐めてんのか?こんのクソアマッ!」
「え〜?舐めてんのはソッチでしょ〜こんな汚物みたいな顔面に簡単にヤれると思われてるレンの身になってよ〜」
「テンメェ…マジで痛い目見せてやる。シメて輪姦してやるから覚悟しろよ?」
「ヒヒッ。泣いても喚いても許してやんねーから」
「俺たちを怒らせたことを後悔させてやる」


後悔するのはオマエらだよ、一体レンを誰だと思ってんの?まあ、今さいっこーに機嫌悪いから1人残らずかわいがってあげる。指の関節をポキポキ鳴らしながらニヤリと口角を釣り上げた瞬間、さっきまで威勢の良かった男が1人、レンの視界から消えた。


「やっと見つけた〜」
「蓮華、大丈夫か?」


ひくり、と顔が引き攣る。いやそんな遠くないとはいえ新宿まで来てなんでこんなすぐに見つかるわけ?

仲間がヤられて頭に血が上ったのか「なんだオマエら!?」「ぶち殺してやる!!!」と一斉に蘭ちゃんと竜胆に殴りかかるブタども。いやいやいくらここが新宿とは言え、不良やってんのに六本木仕切ってる灰谷兄妹知らないのはマジでヤバイよ。その時点でオマエら詰んでる。


「その小汚ねぇツラでよくもうちの大切な妹に絡んでくれたな〜?あ゛?ゴミはゴミらしく燃やしてやろうか〜?」
「二度と俺らの妹にンなことできねぇようにきっちりと分からせてやんねーとなぁ、兄貴」


ニヤリと口角を釣り上げた2人は殴りかかるブタどもをいとも簡単に避けて攻撃を仕掛ける。


ーーボコッバキッグキッ


えげつない効果音と共に聞こえてくる叫び声のような悲鳴と汚い呻き声にうるさっ…と眉を潜めながらゆっくりと2人にバレないように足を踏み出す。そして全力疾走。何回も言うけど、今はまだお兄ちゃん達に会いたくないの。ハァハァと荒い息を整えるように路地裏にしゃがみ込むと、「蓮華さん」と頭上から聞き慣れた声が聞こえてきて舌打ちをする。ああ、そゆこと。


「…裏切り者ぉ。オマエマジで今すぐ自殺しろよ。死ね」
「蘭さんと竜胆さんももうすぐここに来ます。2人とも本当に蓮華のことを心配して「うるさいうるさいうるさい今すぐ死ねあのビルから飛び降りろオマエみたいな裏切り者は生きる資格ねーんだよクズ」
「…蓮華さん、少し落ち着いて」
「喋んな聞こえねーの?早く死ねっつってんの」


ギロリと睨み上げると、困ったように眉を下げるソイツにイライラが止まらない。こんなにも蘭ちゃんと竜胆の顔の広さを憎んだことはないわ。レンも相当顔が広いと思うけど、それでも、やっぱりお兄ちゃん達には敵わない。昔から、ずっとそうだ。女だから?妹だから?だからお兄ちゃん達は、レンを対等に見てくれないの?頼ってくれないの?…レンはお兄ちゃん達にとって、足手まといなの?
視界がじわりと滲んで、ぽたぽたと涙が地面に零れ落ちる。もうヤダ。もうなにもかもどーでもいい。疲れた。消えたい。死にたい。


「え゛。ちょっ、蓮華さん、なんで泣いてるんスか!?どこか痛むんスか!?!」
「うぅ…もうヤダ死にたいお願いレンを殺して楽にしてよぉ…」
「そんなことできるわけないじゃないですか!しっかりして下さい、蓮華さん!」
「は?オマエ誰に向かって口聞いてんの?」
「す、すいません…!!!」


サーと血の気の引いたソイツが平謝りしてくるのを死んだ目で見ながら指で涙を拭う。


「「蓮華」」


そんな時。名前を呼ばれながらふわりと後ろから2人に抱きしめられて、気配消して近づくなよ…と溜息を零す。


「もう逃げるなよ?」
「…逃げられないように拘束してるくせによく言うよ」
「拘束?兄ちゃんからの熱い抱擁の間違いだろ〜?」
「うるさいバカ!蘭ちゃんも竜胆もキライ!大っ嫌い!」
「ハイハイ。そんな拗ねんなって」
「つかなんでオマエ泣いてんの?」
「もしかしてアイツに泣かされた?」
「ちっ違いますよ!断じて俺は何もしていません!神に誓って!!!」
「ハハッ。神ってなに、ウケるんだけど」
「必死すぎて草」


可笑しそうにケタケタ笑う蘭ちゃんと竜胆の腕から逃れようと必死に頑張るけど、2人の力が強すぎてビクともしない。ていうか普通に苦しいんですけど。


「蓮華。帰んぞ」
「イヤ。絶対帰んない」
「じゃあオマエこれからどーすんの?」
「…お兄ちゃん達には関係ないでしょ」
「は?メールも電話もシカトしといて俺らがどれだけオマエのこと心配したと思ってんの」
「六本木中の不良使ってようやく見つけたと思ったら気色悪ぃ野郎共に絡まれてるし」
「別にあんな雑魚、お兄ちゃん達に助けてもらわなくてもレン1人で余裕でシメれたし。ていうかほっとけって言ったの蘭ちゃんじゃん。もうレンのことはほっといて先に2人で帰ってよ」


つーんとしながらそう言うと、「ああそうかよ」「オマエ、マジでいい加減にしろよ」と不機嫌そうな蘭ちゃんと竜胆の声が耳に響いて、ああまた怒らせてしまったんだと思った。でも、それでいい。だってまだレンだってめちゃくちゃ怒ってるんだから。

このままレンを残して2人で家に帰ると思ったのに、いきなり身体が宙にふわりと浮いて目を見開く。


「よっと」
「うわっ!は!?ちょっ、竜胆なにしてんの!?」
「なにって、担いでる」
「そんなお米担ぐみたいに…!」
「わーお♡パンチラえっろ」
「あ、見えてる?れんスカート丈短すぎるんだよなあ」
「今日は黒のTバックか〜兄ちゃん好み♡」
「もう、蘭ちゃん見ないでっ」
「それはムリだろ〜。あ、オマエは蓮華のパンツ見たら殺すかんな」
「はっはい!死んでも見ません!!」
「つかオマエ早く車だせよ」


もう、なんなの。なんか色々考えるのもアホらしくなってきて、瞼をそっと閉じる。そしたら頭の上に大きな手のひらが乗っかって、そのまま優しく頭を撫でられる。思えば小さい頃から、ずっとそうだった。お兄ちゃん達と喧嘩したら、いつも大体意地っ張りで頑固なレンだけがずっと怒っていて、お兄ちゃん達はそんな悪態ばかり吐くレンの頭を優しく撫でてくれたり、抱きしめたりしてくれた。いつもどんな時だって、蘭ちゃんと竜胆はとびっきりレンに優しくて、一番の味方で、誰よりも大切にしてくれていた。

瞼をゆっくり開けると、蘭ちゃんが愛おしいものを見るような眼差しでレンのことを見つめている。


「蓮華は兄ちゃん達の宝だよ」


ぐっと目頭が熱くなって、また涙が目尻から流れてゆく。泣いている姿を見られたくなくて竜胆の肩に顔を埋めると、竜胆がふっと笑って「れんちゃんまた泣いてんの?オマエはほんっと泣き虫でかわいいなあ」と頬ずりをしてくる。


レンだって同じだよ。蘭ちゃんと竜胆は、お兄ちゃん達は、レンにとって宝物のようにこの世の誰よりも大切な存在なの。だからこそ、守られるだけのこの関係性がすごくすごく寂しかった。ただ、2人の隣に立ちたかった。一緒にいたかった。それだけなんだよ。





目が覚めると、目の前には寝起きには少々刺激が強い美形すぎる男が2人。うちのお兄ちゃん達、マジで顔が良すぎるんだよなぁ…。3人で並んでいるとよく三つ子?って聞かれるくらい兄妹で造形が似ていると思うけど、お兄ちゃんってだけでなんでこんなにもキラキラと輝いて見えるんだろう。


「おはよう、蓮華」
「れんちゃんおはよ〜♡」
「…おはよ、りんどぉ、蘭ちゃん…2人ともなにしてんの?」
「ん〜?天使の寝顔眺めてた」
「天使ぃ?」
「つかオマエ寝すぎじゃね?昨日車に乗ってから今までずっと爆睡だったよ。夜中死んでんのかと思って焦って何回も兄ちゃんと生存確認したし」
「えぇ…生きてるよぉ…てかおなかすいた…」
「俺もーー」
「そう言うと思ってもう蓮華と兄ちゃんの好きなフレンチトースト作ってあるよ」
「ウソぉ…りんどぉありがとう」
「ン」
「さっすが俺の弟だわ〜♡」


洗顔して歯を磨いて髪の毛を整えて部屋着に着替えてリビングに行くと、甘ったるい匂いが鼻腔を掠める。レンに気がつくと、椅子に座っている蘭ちゃんと竜胆がふわりと微笑みながらレンの名前を呼ぶ。
大好き。世界で一番大好きなんだよ、お兄ちゃん。



「蘭ちゃん…竜胆…。レンね、2人がどれだけ反対しても、絶対にお兄ちゃん達と一緒に天竺に入る。もう、決めたから」


2人を真っ直ぐに見据えながらそう言うと、蘭ちゃんが「蓮華」と真剣な眼差しでレンの名前を呼ぶ。


「“天竺”はただの暴走族じゃねぇ。目的の為なら手段を選ばない。人殺しだって平気でできる、そんなチームだ。この先にあるのは地獄しかねぇ。

オマエにその覚悟はあるのか?」


…もう、お兄ちゃん達に守られるだけの人生なんて御免なんだよ。


「レンを誰だと思ってるの?灰谷蘭の灰谷竜胆の妹なんだよ?

覚悟なんか、とっくの昔からできてる」


ニヤリと口角を釣り上げながらそう言えば、蘭ちゃんと竜胆は目を丸くしながらキョトンとして、そしてすぐに諦めたような笑みを浮かべる。


「兄貴。蓮華は昔から頑固だから、一度決めたらもう俺らがなにを言っても無駄だよ。兄貴だって分かってるだろ?それに、大将だってもう蓮華のポストは用意してあるって言ってたし、なんかあったとしても傍にはいつも俺らがついてる。大丈夫だよ」
「…りんちゃん、」
「………………………はぁ。また昨日みたいに勝手に家出されたらたまんねぇし、仕方ねぇなぁ。そのかわりもう二度と兄ちゃん達のこと嫌いなんて言うなよ?」
「…蘭ちゃんっ!」


ありがとぉぉぉ…大好きぃぃ…ぽろぽろと目尻から涙を零すと、2人が「また泣いてんの?」「ほんっと俺らの妹は泣き虫だなぁ」なんて可笑しそうに笑いながら椅子から立ち上がって、蘭ちゃんはレンを包み込むように抱きしめてくれて、竜胆は優しく頭を撫でてくれる。


お兄ちゃん達と一緒なら、例えこの先待ち受けている人生がどれだけ真っ暗闇の苦しみしかない地獄であろうと、乗り越えていける気がするよ。


だって、蘭ちゃんと竜胆が、レンの生きる意味で、全てなんだから。