東卍の紅一点
短めの真っ黒のタンクトップにぴったりとしたビリビリに破けているジーンズの、へそ出しファッション。その隙間からちらりと見える弓矢を持った天使の刺青。その後ろ姿ですぐに分かった。紗羅さんだ。
その紗羅さんの前方には数人の不良が立ちふさがっている。見た感じ高校生くらいだ。
「ここで俺らにシメられるかマイキーを呼ぶのかどっちか選ばせてやるよ」「あ゛〜選択肢を与えてあげる俺らってやっさしぃ〜!!」ゲラゲラ下品な笑い声がここまで聞こえてきて眉間にグッと皺を寄せる。なるほどそういうことか。助けに入ろうと一歩足を進めた瞬間、紗羅さんはーー飛んだ。
「………は?!」
「おいっ!哲也!」
「しっかりしろ!大丈夫か!」
「ウソだろあの哲也をひと蹴りで気絶させるなんて…」
「こ、こいつヤベーよ!逃げるぞ!」
サーーーと顔を青ざめさせた野郎共が一斉に走り去るのを興味なさそうに眺めていた紗羅さんが、気絶している野郎の頭を脚でグルグリしはじめる。うわぁ…。えげつな。
「おーい起きろーー」
「……う゛っ……」
「あ、起きたぁ。おはよう♡」
「ひっ…」
「あのさあ。たったひと蹴りで気絶するような雑魚がマイキー呼べ?あ?寝言は寝て言えゴラァ」
「すっ…ずみませんでしたぁぁぁ!!」
ふらつきながら慌ててその場を去る野郎にひらひら手を振りながら紗羅さんは後ろを振り向いて、そして目を丸くしてキョトンとする。
「あ、ちーくんじゃーん。いつからいたの?」
「…だからその呼び方やめて下さいよ、紗羅さん」
そう言えばふにゃっと顔を緩ませて笑う紗羅さんは、思わずさっきの人と同一人物なのか疑いたくなるくらいの変わりようだ。
「ていうかこんなところで一人でぶらぶらしてるなんてヒマなの?圭介に断られた?」
「ば、場地さんはたまたま家の用事があって…!」
「図星かよ」
ケタケタ笑う紗羅さんに少しムッとすると、紗羅さんは「ごめんごめん」と心にもない謝罪(悪意)をしながら俺の頭をよしよし撫でる。
「私はエマ待ち〜」
「エマ?」
「マイキーの妹!」
「ああ!マイキー君の!」
「エマ遅れるみたいだし優しい先輩が暇人の千冬くんの相手をしてあげよう」
「…あ、ありがとう、ございマス?」
「ふふ。素直でよろしい」
そう言って嬉しそうにはにかむ紗羅さんに胸がどきりと高鳴る。いや誤解しないでくれ。異性として好きとかそういう感情は全くねーしなんなら顔も全く好みじゃないけど(場地さんみたいなキツめ系美人が好み)顔が良い。何度も言おう。紗羅さんは無駄に顔が良すぎるんだ。
じーっとその顔を見つめると、不思議そうに首を傾げられる。透き通るような白い肌に零れ落ちそうなくらい大きな目。それを縁取るふさふさの睫毛。鼻筋の通った形の良い鼻にふっくらとした薄桃色の唇。それらが全て絶妙なバランスで小さすぎる顔に収まっている。
思わず人形?と突っ込みたくなるくらい、紗羅さんは整った顔立ちをしている、と思う。
だからなのか、ごついピアスがたくさんついていようと、刺青がチラッと見えていようが、東卍を知らない連中は皆こぞって紗羅さんを見てはデレデレとだらしなく鼻の下を伸ばすのだ。…騙されるなよオマエら。この人は綺麗な人間の皮を被ったただのゴリラだからな。
そんなことを思っていたらほっぺたを思いっきり左右に引っ張られて「いひゃい!!」とじんわりと生理的な涙が滲む。
「千冬く〜ん?誰が綺麗な人間の皮を被ったただのゴリラだって〜?」
「……」
やべ。心の声漏れてたわ。
▽
「ああいうことってよくあるんですか」
アイスココアを飲みながら、紗羅さんが顔を上げる。「ああいうこと?」ストローから口を離して首を傾げて、そして「ああ!」とまたアイスココアを一口飲む。
「あんなの日常茶飯事だよ」
けろっと、さもそれが当然かのようにそう言ってのけた紗羅さんにぐっと眉をひそめると、紗羅さんはニコニコしながら俺の眉間を指でちょんと触る。
「優しいなあ。千冬は〜」
「…紗羅さんは、嫌じゃないんですか」
「嫌?なんで?」
「なんでって…」
「私はそれを覚悟した上で、それでも、マイキーの隣にいたいから。だから嫌なんて思ったことは、今まで一度もないよ」
あまりにも真剣な表情でそんなことを言う紗羅さんに、言葉が出ない。
「ずっとずっと、マイキーの隣にいたいの。愛してるから」
カーッと顔が真っ赤に染まるのが分かる。あ、愛してるって…!そんな俺に紗羅さんは意地悪く笑うと「千冬顔真っ赤だよ〜。かーわいっ」なんていじってきて、ムッとして顔を逸らす。この人はいつだって俺のことを弟扱いするんだ。一つしか学年変わらないのに。
「…マイキー君と復縁しないんですか?」
「復縁したいよ〜!したいに決まってる。でもさあ。マイキー目の前にするとどうしても告白できないの!緊張して!もうどうしたらいいのーーー」
両手で顔を覆いながらわーわー泣き真似をする紗羅さんにふっと笑うと、じろりと睨みつけられる。
「…意気地なしだって思ってるんでしょ」
「いや、かわいいなあって思って」
言ってすぐにハッとして慌てて口を抑える。俺のバカ!心の声漏れすぎだろ!紗羅さんはニヤニヤしながらピシッと俺に指をさす。
「私に惚れんなよ?」
「…人に指さすの辞めた方がいいっスよ」
「もう!かわいくなーーい!」
ぷーっと頬を膨らます紗羅さんはなんだか駄々をこねる子供みたいだ。そういえば、場地さんと一緒にいる時の紗羅さんはいつも妹…つーか親子みたいに見えるもんな。カフェオレを一口飲んで、俺は口を開く。
「場地さんのことは愛してないんですか?」
そんな俺の問いかけに、紗羅さんは一瞬キョトンとして、そしてふわりと綺麗に微笑んだ。
「圭介は私の命だから」
「……え?」
「圭介もマイキーも、私の心であって、命なの」
「は、はぁ…」
「ふふ。お子ちゃまにはまだまだ難しいかあ」
「…学年一つしか変わらないっスけど」
「そうやってすぐにムキになるところがちーくんのかわいいところだよね〜」
「……」
反論する気も起きず、変わりにはー…と深いため息を吐くと、クスクス笑っていた紗羅さんが携帯を手に取り開いて、そして「あっ」と声を上げる。
「エマ、もう着いたみたい。そろそろ行くね」
「あっ。はい。今日はありがとうございました」
「こちらこそ、良い暇つぶしになったよー。これお金。じゃあまたね、ちーくん♡」
「いやこれ多すぎ…ってもういねーし」
…つかやっぱ顔だけは良いんだよなあ、あの人。
いや待て待てあの人はゴリラだ。ひと蹴りで大の男を気絶させるような人だぞ。
そんなことを思いながら顔が熱いことには気づかないフリをして、カフェオレをズビズビ啜る。…顔が良すぎるって罪だわぁ。
▽
「エマ〜お待たせ〜。あれ?マイキーもいる」
「あ、紗羅〜!ふふっ。マイキーも暇だからついてくるって」
「へえ。みんな暇人じゃん」
「つーかオマエら会うなら俺も誘えよ」
「「ごめんごめん」」
「気持ちが全くこもってねえええ」
「てか紗羅遅くなっちゃってごめんね!結構待ったでしょ?」
「ん〜大丈夫〜。その間千冬とカフェ行ってたから」
「は?千冬?なんで千冬?」
「マイキーの知ってる人?」
「東卍のメンバー」
「ふーん」
「偶然会って千冬も暇そうだったから私が誘ったのー」
「………へえ……」
「だから時間あっという間に過ぎたから大丈夫だよ」
「そ、それなら良かった〜!」
「……」
「あれ?なんかマイキー不機嫌?」
「………別にィ」
「ふふ。うん。そっかあ」
「笑うな」
「ヤキモチ妬いたの?」
「……妬いてない」
「ちーくんに妬いちゃった?」
「あ?ちーくん言うなし」
「ふふ。妬いてるじゃん」
「……」
「かわいいなあ。大好きよ、マイキー」
「……俺も、」
ぎゅーと抱きしめあう二人を死んだ目で眺めながら、素早い手つきでドラケンに電話をかける。
『…あ、もしもしドラケン?エマだけど。うん。今から来れる?…なんでって?そんなの私がオジャマムシになるからに決まってるでしょ!!』
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