東卍の紅一点
「きゃっ…!」
「ダイジョーブ?」
「わ…っ、す、すいません…っ!」
マイキーが転びそうになった女の子を咄嗟に支えて、その女の子の顔がみるみる赤く染まっていく。別にマイキーはなにも悪くない。ただ、その女の子の照れ臭そうな表情が気に食わなかった。どうせマイキーのこと、かっこいいとでも思ったんでしょう?
「気をつけなよ」
「あ、はい…っ」
普段身内以外にはそんなに愛想良くないくせに…そんなかわいらしい笑顔なんて見せないでよ。思わずムッとすると、隣にいるケンちゃんが呆れた顔をしながら頭をぽんぽんと撫でてくれる。
…まあ、今回のことはマイキーはただ転びそうになった女の子を咄嗟に助けようとしただけで、別にその女の子じゃなくてもそうしたと思うし、むかつくけど仕方のないことだから…さっきのことは、忘れよう。
頭の中で一人そんなことを考えていた私に、マイキーは大爆弾を落とした。
「さっきの子、結構かわいかったな〜」
…………………
…………………
…………………は?
思わず目を見開いてマイキーを見ると、マイキーはニッとかわいらしく口角を吊り上げて、「ちょっと紗羅に雰囲気似ててさ」なんて続ける。いや、全然似てないし。なに言ってんの。ていうか、かわいいって、なに。
「ケンチンもそう思うだろ?」
「…そうか?そんな似てねえだろ」
「いやぜってえ似てるって!目がでかいとことかさ!」
「目ならコイツのがでけえじゃん」
「まあ確かにそうだけどさ〜なんていうか、全体の雰囲気がめっちゃ似てる気がすんの!」
「へえ」
「急に興味なくすのやめて!!」
マイキーとケンちゃんの声がだんだんと遠くなっていって、次第に何も聞こえなくなる。
お腹の中にコールタールのような真っ黒でドロドロの感情が渦巻いていくような気がして、苦しくて苦しくて吐き気まで襲ってくる。
ああ、だめだ。嫉妬で頭がおかしくなりそう。
「…紗羅?」
私の様子が違うことに気付いたマイキーが、心配そうな表情で俯いている私の顔を覗き込んでくる。…今はマイキーの顔も見たくなくて、ふいっと視線を逸らす。
「……」
「紗羅?いきなりどーしたの?」
「……」
「は?シカトすんなって」
「……」
「おいコラこっち見ろ」
「っ、マイキー」
ケンちゃんがマイキーの肩を掴む。短気なマイキーは何も返事をしない私にイライラしていてだんだんと口調もきつくなっていくけど、私はそれ以上に怒ってるから。ギロリとマイキーを睨み付けると、マイキーは「あ?」と眉間に皺を寄せる。
「さっきの子と付き合えば?」
「…………は?いきなりなんの話し?」
「……だって、さっきの子のこと…かわいいって、思ってるんでしょ」
「だからなに?別に俺あの子のこと好きじゃねえし」
「ふーん。どうだか」
「あ?さっきからなにが言いてえの?」
私とマイキーとの間に殺伐とした空気が張り詰める。
何事?喧嘩?あれって東卍の総長と彼女じゃね?ウソ、やばくない?痴話喧嘩?なんて、生徒達がぞろぞろと集まってきて、見兼ねたケンちゃんが私達を両手で無理矢理引き離す。
「もうすぐ昼休憩終わっから。そろそろ教室戻んぞ」
「ん」
「……私もう帰る」
「は?」
「ケンちゃん、先生に適当に言っといて。じゃあ」
「いやおい待てって!紗羅っ!」
ケンちゃんの制止する声を聞かずに、足を進める。
すると肩をぐいっと強めに掴まれて、すぐにそれがマイキーだって分かったから、「なに」振り返らずにそう言うと、マイキーは「俺に彼女ができても、お前は平気なの?」珍しく弱々しい声色でそんなことを聞いてきて、思わず目を見開いてマイキーの顔を見る。
「俺は、やだ。紗羅に、彼氏ができんの」
そんなの、ずるい。めちゃくちゃ怒ってるのに、めちゃくちゃきゅんっとしてしまう。だけど、意地っ張りな私は、そんな簡単に素直になることなんてできなくて。
「離して。帰る」
「やだ」
「他の女の子をかわいいって言うマイキーなんて、大っ嫌い」
「っ、紗羅…!」
マイキーの力が緩んだ瞬間に、全速力で走った。それはもう、全力で。後ろからマイキーとケンちゃんが私の名前を叫んでいるけど、振り向かないし、足だって止めてやんない。
マイキーと私はもう、恋人同士ではない。
だからマイキーが他の女の子をかわいいって思うことも、誰かに恋をするのも…別に何も悪くないし、私に怒る資格なんてないのも分かってる。分かってるけど…どうしても、嫌なの。私だけにかわいいって言ってほしいし、私以外の誰かに恋なんてしないでほしい。
そんなことを思う私は、ワガママなの?
「つかまえた…っ」
下駄箱の中に上履きを入れて靴に履き替えようとした時に、いきなりマイキーに腕を掴まれて、目を見開く。び、っくりしたあ…。マイキーは額に汗を滲ませて、はぁはぁと呼吸が荒い。大っ嫌いなんて言ったから絶対に怒ってここまで追いかけてこないと思ったのに、それなのに…来てくれたんだ。嬉しい、なんて思ってしまう単純すぎる自分に腹が立つ。
「紗羅と仲直りしにきた」
「……」
「あ、これだけは先に言わせて。ヤキモチ妬いてる紗羅はめちゃくちゃかわいいけど、大っ嫌いは言わないで。傷付くから」
「……別に妬いてないもん」
「ケンチンに、あれはどう見てもただの嫉妬だろって言われた」
「……あのバカ」
「正直、紗羅がヤキモチ妬いてくれたのが嬉しすぎて、今めっちゃテンション上がってる」
「サイテー」
ムッとすると、マイキーにぎゅうっと抱きしめられて、ドサッと持っていた靴が床に落ちる。
「ん〜紗羅はどーしたら機嫌良くなんの?」
「自分で考えろバカ」
「じゃあキスしてい?」
「は?キスくらいで絆されないか…んっ」
「なんで?絆されてよ♡」
ちゅっ、ちゅっ、とマイキーの柔らかな唇が何度も触れる。クソムカつく。死ね。私が他の男のことをカッコいいなんて言った時には本気で殺しに行こうとしてたくせに!(その時はケンちゃん達が死ぬ気で止めた)私にはキスなんかで誤魔化そうとして。バカバカバカ。…マイキーなんて、大っ嫌い。
「あんな女のことなんて、興味ねえよ」
「…あっそ」
「紗羅が誰よりもかわいい」
「…ふーん」
「俺には、紗羅だけ」
「……」
「俺のこと、嫌い?」
「……………嫌い、じゃ、ない」
「ン。俺も紗羅のことだあいすきっ」
そう言って、本当に嬉しそうにくしゃりと笑うマイキー。そんなマイキーことが、大っ嫌いで、大好きで、憎らしくて、愛おしくて。
「マイキーの“かわいい”は、私だけの」
「俺の全ては、お前のものだよ」
もしもマイキーに私以外の彼女ができたら、私は一体どうなってしまうんだろう。
きっと怒って、泣いて、発狂して、それでも死んだように生きて………そしていつか、その彼女とマイキーを殺して、私も死ぬんだろうなあ。
おまけ
「お前さ、わざとだろ?」
「ん〜?なにがぁ?」
「紗羅に嫉妬されたくて、わざと紗羅の目の前であんなこと言ったんだろ」
「アハ、バレた?だってさー紗羅の嫉妬してる顔ちょーかわいいんだもん♡あ、紗羅には内緒な?」
「………アイツのこと、泣かせんなよ」
「前から思ってたけどケンチンってさあ、紗羅のことめっちゃ好きだよな」
「は?」
「いくらケンチンでも、アイツは渡さねえから」
「…じゃあさっさと復縁しろや」
「おう。ケンチンもエマにちゃんと告白しろよ」
「お前にだけは言われたくねえ!!」
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