「あれ…君、この間の」
「桜咲さん?だっけ?」


やはり神から愛されているのはあのオンナではなく私の方だった。

あの日から1週間。3人が着用していた黒ずくめの制服から学校を特定してそろそろ動きだそうと思っていた矢先に向こうから私を見つけてくれるなんて。しかも、私の名字を覚えていてくれた。


「貴方達は…悟さんに、傑さん…?」


ありったけの甘い声でそう発すれば、悟さんと傑さんは少し驚いたような顔をして顔を見合わせた。


「私達の名前を知っているのかい?」
「あの時…清宮がそう呼んでいたので」
「ああ、なるほど」


納得したように頷く2人。
周りの通行人がチラチラと私達を見ては頬を赤らめてる。なんたる優越感。
悟さんが「あー…」と言いづらそうに口を開き、頭をぽりぽり掻いている。何だろう?と思って首を傾げたら「あの時一緒にいたの、彼氏?」なんて。そんなの、狡い。柄にもなく、胸がキュンと高鳴ってしまう。


「もう別れました」


すぐにそう言えば、傑さんが「良かった…」とほっと肩を撫で下ろした。
2人とも、私が彼氏と別れて、ホッとしている…?
もしかしたら、あの時の私を馬鹿にしたような態度は気のせいだったのかもしれない。
いや絶対にそうだ。だって悟さんも傑さんも、凄く優しい眼差しで私のことを見つめている。
まるで清宮を見つめているかのように。



「桜咲さん、下の名前は?」
「リリカ。桜咲リリカです」
「リリカちゃんって呼んでもいいかい?」
「は、はい!もちろんです!」
「傑ずりー!俺もリリカちゃんって呼びたい!」
「リリカちゃんでもリリカでも、好きなように呼んでください」
「じゃあリリカちゃんって呼ぶね♡てかリリカちゃんって希とタメなんでしょ?なら俺たちともタメなんだから敬語使わなくていいよ」
「う、うん。じゃあタメ口で話すね」
「ん、そーして」
「あ、良かったら携帯のアドレス教えてくれないかい?」
「俺も教えて、リリカちゃん」


こんなにも美しい男の子達に口説かれているなんて、まるで夢のようだと思った。先輩をさっさと捨てて正解だったわ。

それから毎日悟さんと傑さんとメールのやりとりを交わした。内容は今日の学校のことだったり好きな食べ物や趣味を聞きあったりと他愛のないものだったけれど、その毎日のメールのやりとりで悟さんや傑さんのことをたくさん知ることができた。

悟さんはそこまでマメな方ではないけど、私がメールを送ったら必ず返事をしてくれるし好きなゲームや映画をたくさんオススメしてくれたりとにかくメールの話題が尽きなくて楽しかった。
傑さんは凄くマメな人で頻繁にメールを送ってくれるし見た目通りの優しさで私が学校の帰りが遅くなると物凄く心配してくれたりお姫様扱いをしてくれているようでとっても気分が良かった。


もう2人とメールのやりとりをし始めて2週間が経つ。そろそろ2人のうちのどちらかを選ばなくては。はじめの方は2人と同時に付き合おうかな、なんて考えていたけど2人は同級生だし流石にバレるだろうと思ってその考えは早々に捨てた。


不器用だけど一緒にいて楽しそうな悟さんか、優しくてお姫様扱いしてくれる傑さんか。


悩みに悩んで、私は決めた。


「久しぶり、リリカちゃん」
「悟さん」


私が選んだのは、悟さんの方だ。
気付いたら私は、すっかり悟さんに夢中になっていた。悟さんから送られてきたメールを保護して何度も何度も繰り返し読んで、1日中悟さんの美しすぎる顔を思い浮かべては頬を赤く染めていた。
そんなの、もう“恋”に決まっている。


「どうしたの、いきなり大事な話があるって」


学校終わりに悟さんを電話でお台場のデートスポットに呼び出した。
私は今日、お姫様になるの。


「悟さんのことが、好き」
「……」
「気付いたら、私、ずっと貴方のことばかり考えてるの」
「…リリカちゃん」
「私と付き合って下さい」


私にとって生まれて初めての、一世一代の告白。
悟さんは目をぱちくりさせると、途端に満面の笑みになって、バッと両手を挙げた。


「よっしゃー!俺の勝ち〜!!!」


ーーーえ?


勝 ち?
悟さんの言葉と行動の意味が分からず呆然とする。え、どういう意味?勝ちって、何が?
悟さんはそんな私に見向きもしないで、後ろのビルの物影に向かって叫ぶように言葉を発した。


「希〜♡俺勝ったからご褒美ちょーだい♡」


予想外の名前にビクリと肩を震わす。
まさか、まさかまさかまさかまさかまさか!!!
悟さんが視線を向けるとビルの物影からひょっこりとニコニコしている清宮と悔しそうに眉を寄せている傑さんが顔を出して、ピキピキと額に青筋が立つ。
くそっ!!はめられた!!!!!


「さとる〜頑張ったねえ♡おいで」


清宮が両手を広げると、悟さんはすぐに駆け寄って清宮を強く抱きしめた。


「希〜♡」


悟さんに抱きしめられている清宮はゆっくりと私の方に視線を向けて、そして私を嘲笑う。
許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!!!!


「っ!あああああああ!!!」


殺してやる!あの女を殺してやる!


「っ、い゛…!」


振り上げた腕は、いつの間にか近くまで来ていた傑さんによってひねり上げられていた。
痛い!痛い痛い痛い!あまりの力強さに骨がギシギシと軋む音が聞こえてくる。このままだと、確実に骨が折れる。
涙目で傑さんを見上げると、傑さんは力を緩めることなく冷たく刺すような視線を此方に向ける。


「今、希に何をしようとした」
「い゛っ…は、はなして…っ!」
「答えろ」


怖い。あまりの恐怖に唇が震えて歯がカチカチと鳴る。この人は、本当にあの優しかった傑さんなの…?


「すぐる」
「……」
「離して」
「…でも、この女は希に」
「ここだと人目につくから。ね?」


清宮が優しく傑さんを促すようにそう言えば、傑さんは小さく舌打ちをしてバッと私の腕を解放した。
途端に崩れ落ちる身体。腕は酷い青痣になっていて、ぶるぶると身体が小刻みに震えだす。


「腕の一本くらい折ってやりたかったのに」
「すぐるー。俺に負けたからってそんな拗ねんなよ」
「別に拗ねてないよ」
「嘘つけ」


さっきからこの人達の言ってる勝ち負けとは一体なんのことなのか。清宮が絡んでいることは聞くまでもないが、あまりの恐怖に言葉が上手く発せられない。
そんな私に気付いたのか、悟さんは清宮から離れるとゆっくりと此方に向かってきて私の視線と合わせるように目の前にしゃがみ込んで顔を覗き込んでくる。


「ひっ…」


その瞳があまりにも冷たくて、思わず尻餅をついてしまう。


「リリカちゃんさー」
「あっあ…」
「中学ん時、俺と傑の大事な大事な大事なお姫様をリンチしてくれたんだって〜?」
「ち、ちが…」
「あ゛?違うわけねーだろ。何、お前まさか希が嘘ついてるとでも言いてーの?」
「いや…」
「可哀想な希。すっごく痛かっただろうに…なあ希。痛かったよな?」
「うん…めちゃくちゃ痛かった…」
「あ゛ぁ腹立つ〜!今すぐ殺したいんだけどマジで。いい?」
「やっ…や、」
「それは私も同意見だな。人目がつかないところならいいんじゃないかい?今から場所、移動しようか」
「ひっ!…た、たすけ…っ」
「あ?さっきから気色悪い声出してんじゃねーよ」


「桜咲さん」


鈴のような美しい声で、清宮が私の名前を呼ぶ。
縋るようにして清宮を見上げると、清宮は私の前髪を乱暴に掴んで無理矢理顔を上げさせた。


「い゛っ……」
「ねえどんな気持ち?自分のことを好きだと思っていた男が実は嫌いな女の男だって分かったら。絶望する?するよねえ。はは、ちょーウケる。お前が告白した悟はね、私の彼氏なの♡」
「なっ…」
「つーかさあ。気付かないとかお前どんだけバカなの?」
「そもそも私達が君みたいな女に本気になるわけないだろ」
「はは!傑ってば辛辣〜!」


ケラケラ笑っている3人の声がどんどん耳から遠ざかっていく。この人達は一体何を言ってるの。目尻から零れ落ちる涙がコンクリートの上にぽたぽたシミを作る。それでも清宮は私の前髪を掴んだまま離さない。


「泣いてるの?ねえ、辛い?悲しい?苦しい?」
「せいみ…や」
「私はあの中学時代、もっともっと苦しかった」
「ご、ごめ…」
「お前のオトコが勝手に私に惚れてきたくせに、学校中に私が誑かしたとかありもしない噂流されてさあ。しかも挙げ句の果てにクラスの女子全員でリンチって!何処ぞの不良漫画かと思ったわ」
「…っ」
「ちなみになんで私があの時なーんも抵抗しなかったか分かる?」
「えっ…」


「私が少しでも抵抗すれば、そこにいる奴ら全員一瞬で殺しちゃうからだよ」


頭の中で警鐘が鳴り響く。
このオンナは、やばい。絶対に、敵にしてはいけないヤツだ。逃げなくちゃ、早くここから、逃げなくては。
清宮は前髪を掴んだまま床にバンっと叩きつけるようにして離して、顔がコンクリートにぐしゃりとぶつかる。
あまりの痛みに、上手く呼吸ができない。顔を上げる、力さえ、出ない。


「あ、そうだリリカちゃん♡いいこと教えてあげる♡お前が先に好きになった方が“1日希を独占できる”最高のご褒美を貰えるんだよねー。だからお前みたいなオンナに俺も傑も言い寄るフリをしてたってわけ」
「…っ」
「ちなみに勝負は俺が勝ったから明日1日中愛しの希ちゃんを独占できるの♡リリカちゃんありがとう♡」
「…ぁ…、」
「悟、傑が拗ねちゃうから。あんまり言わないであげて。ね?」
「だから拗ねてないよ」
「よしよし。傑のこともいっぱい構ってあげるから」
「はは、満更でもなさそうな傑くんかわい〜!」
「悟」


コイツらは、悪魔だ。人間じゃない。意識が朦朧とし視界が霞んでいく中で、清宮が「あ」とわざとらしく声をあげた。


「リリカちゃんってえ、自分が思ってるより全然可愛くないよぉ?」
「っ…」


「本当に、かわいそうなひと」



3人の楽しげに笑う声を最後に、私は意識を手放した。


















「バレたら夜蛾センに怒られるかな〜」
「つかさ、まじでアイツ殺してい?俺の可愛い希にそんなことしといてのうのうと生きてるのが許せないんだけど」
「それは私も同意見だな」
「だーめ♡心に深い傷を負ったアイツがこれからどうやって生きていくのか楽しみにしてるから♡」