「こっちこっち」
「ごめん。ありがとー」
「あった?」
「うん。やっぱり前の教室に忘れてた」
回収してきたお気に入りのボールペンをペンケースにしまい、友人が取っておいてくれた席に座る。座学の先生はまだかな、と前を見ると、後ろを振り返って友人と話していたらしい萩原くんと目が合った。
「名前、萩原と知り合ったの?」
「うん。この間ね」
にこにこと手を振ってくる萩原くんに小さく振り返していると、萩原くんの周辺にいた男の子たちも、誰に手を振っているのかとこちらに顔を向けた。その中にこの間話したばかりの降谷くんと松田くんを見つけて、同じように手を振ってみる。降谷くんは僅かに笑みを浮かべて同じように手を上げてくれたが、松田くんはぷいと前を向いてしまった。
「え、降谷とも!?」
「うん。ちなみに松田くんとも知り合ったはずなんだけど…照れ屋なんだね、きっと」
「松田が照れ屋って、笑える」
前を向いた松田くんに萩原くんが声をかけ、小さな小競り合いが起きている。その他の男の子たちも何やら降谷くんたちに話しかけ、少し前方の集団が賑やかになったところで先生が入室した。今日の座学はサイバーネット犯罪についてである。
「プリントに記入できた者からペアをつくって実践に入れ」
授業が始まってしばらくした頃、出された先生の指示に、同じ班の女子で目を見合わせた。ほとんどの班は4人構成なのだが、人数の都合上わたしたちのような5人編成の班が存在する。ペアをつくる授業は割と多く、その度に誰かが余り、他の班で余っている人を探してペアをつくる必要があった。できるだけ気心の知れた人とペアになりたいという思いはみんな同じで、特にこのサイバーネット犯罪の座学は不得意なメンバーが多く、他班の人と突然ペアをつくることに抵抗があるのだ。今回は誰が行く?という無言の会話である。
「わたし、誰かペアの人探してくるよ」
「いいの?」
「そういえば名前、パソコン得意だったよね」
そうなのだ。この世界は、前に生きていた世界よりもICT関連がかなり遅れている。ある程度の解析ソフトを使えなければ社会人としてお話にもならなかった現代っ子としては、この世界のネット関連の授業なんてお茶の子さいさいなのである。・・・―って、この世界とか、前に生きていた世界とか中二臭い発言を連発してしまった。恥ずかしい。
そうそう、だから気にしないでー。と荷物をまとめて立ち上がったところで、後ろからぽんと肩をたたかれた。
「名字ちゃん、もしかして余り?」
「萩原くん」
「うちも5人班なんだよね。こっちに入ってくれない?」
「ほんと?今ちょうど誰か探そうとしてたとこ!」
「よかった。じゃあ名字ちゃんちょっと借りてくね〜」
「ど、どうぞどうぞ!」
とりあえず今は行かせるが後で話を聞かせろと言わんばかりの4人の視線を痛いほど背中に受けつつ、先ほど萩原くんたちが座っていた座席へと案内された。
「お、きたか」
「萩原ナイスー!」
「こんにちは、名字さん」
視線が一手に集まり、最後の降谷くん以外は知らない男の子から声をかけられたためどう対応したものか分からず、とりあえずぼんやりと全体に向けてこんにちはとあいさつをした。その様子に、また緊張してるのかと降谷くんが小さく笑った。
「まぁまぁ、みんな興味津々なんだろうけど、話は後で。とりあえずペアを決めようよ」
「俺は降谷と組むぞ。前の続きがあるからな」
「OK。じゃあ班長と降谷ちゃんはそれで。名字ちゃんは誰と組みたい?」
「わたし?うーん・・・・・わたしは別に誰でもいいかな」
「じゃあ名字さん、俺とやろうよ」
「え、あ、うん」
間髪入れずにかけられたお誘いの言葉に思わず頷いてしまった。誰でもいいとか言っておきながら、本当は知らない男の人はちょっと遠慮したいとか思っている。
「大丈夫?名字ちゃん。知ってるやつの方が良かったら俺か松田がいるけど」
心配そうに伺う萩原くんは相変わらず気遣い屋の優しい人だ。ちらりと見た松田くんは、マウスを握ってカチカチいじっている。声をかけてくれた男性へと顔を向けると、にこにことした笑顔で、ん?と首を傾げられた。またイケメンきた。類は友を呼ぶ力すごい。
「俺、諸伏景光。よろしくな!」
もろふしひろみつ・・・?
「うん。よろしく」
「名字さんすっげー!タイプはや!」
「え?えへへ、そうかなー?」
「プログラムもさくさく組んじゃうし、情報系強いんだ」
「そんなことないよ〜。諸伏くんも苦手って言ってたのに、あっという間に今日の課題終わっちゃってるじゃん」
「名字さんの教え方が分かりやすかったからだよ。こないだは本当にちんぷんかんぷんだったんだから」
「えー、いやー、ふふふ」
かくして諸伏景光は、大層褒め上手な男であった。なんとも気分が良い。
どうやら同じく機械全般を得手とする萩原・松田ペアもさっさと本日の課題を終わらせたらしく、和やかな空気の流れているわたしたちの方へと座席を移動してきた。
「何々?名字ちゃん機械得意だったの?」
「機械っていうか、ICTはまぁ得意な方かな」
「フーン。人は見た目によらないんだな」
「松田お前なぁ」
「いやあ、それほどでも」
「え!?今の褒め言葉として受け取ったの?」
「え?松田くん褒めてくれたんだよね?」
「さぁな」
「いやー、名字ちゃんはいい性格してるよねえ。名字ちゃんにかかれば陣平ちゃんも善人に早変わりだ」
「うるせぇよ」
わはははと笑いが起きる。松田くんもからかわれて眉を寄せてはいるが、満更でもないようで、指先ではくるくるとペンが機嫌良く回っていた。
「でも、こうして名字さんと話せてうれしいな。実は、前に往来安室さん事件で見てて、面白い子だなって話してたんだ」
「その件に関しては忘れてください・・・」
「はは。それでその後萩原たちが名字さんと話していい子だったよって言うから、俺も話してみたかったんだよね!で、今日は無理言ってこっちの班に呼んでもらったんだ」
「わたしこそ、こんなに優しい人たちと知り合えてうれしいよ」
「本当に名字さんは表現が素直なんだなあ」
「諸伏くんだって十分ストレートな表現だと思うよ」
そう?と人懐っこい笑顔で見られると、何を言われても頷きたくなってしまうこの雰囲気は何だろう。萩原くんとは違う意味で魔性の男なのかもしれない。
ここはどうなるの?とプログラムを指さす諸伏くんの質問に答えながら提出用のプリントをまとめていると、降谷くんたちも元の座席に戻ってきた。
「何だお前ら、早かったんだな」
「名字さんがこの授業得意だったんだよ」
「へえ。そうなんだ?」
「うん。まあ、人よりはってくらい何だけどね」
「十分すごいよ。ほら、他の人たちはまだまだ終わってないみたいだし」
辺りをぐるりと見回してみると、確かにみんなパソコンと睨めっこしている。授業時間もまだ残っているようだ。となると、既に5人全員が課題を終わらせているこの班は、もしかしなくともものすごく優秀なメンバー揃いなのではなかろうか。今一度5人の顔を尊敬の念も含めて眺めていると、一人、まだ自己紹介をしていない男性がいることを思い出した。ちょうど良く視線も合ったため、ぺこりと頭を下げる。
「あの、今日は突然お邪魔しましてすみません。自己紹介遅れましたが、名字名前といいます。よろしくお願いします」
「はは!丁寧にありがとな。俺は伊達航だ。この班の班長をやってる」
「班長さんでしたか」
「もー、名字ちゃんってさ、かしこまった挨拶好きなの?」
「いや、伊達さんはなんか上司って感じが・・・」
「っぶくく!・・・上司!班長だけさん付けで呼ばれちゃってるし!」
「名字、一応俺も同い年なんだが・・・、友人にそんなにかしこまって話されるのはちょっとむず痒いな」
「ゆ、友人・・・!」
「え?なんで名字さんそんなに照れてるの?」
思わず口元を両手で覆って顔を赤くしたわたしを諸伏くんがのぞき込む。だって、この年になって面と向かって友人だなんて言われ慣れてないし、しかもそれが精悍な顔つきをした立派な男性ときたもんだから、照れない訳ない!
「めっちゃうれしいです!」
「おう!」
「なんかずりーなー班長。俺も名字ちゃんにこんな顔させてみたい」
萩原くんが言うとなんかエロい。