入浴時間も終わって、自由時間となった夜、のどの渇きを感じて部屋を出た。自動販売機のある食堂へとやってくると、中から楽しそうに騒ぐ賑やかな声が聞こえてくる。自由時間に食堂やフリースペースに集まって話す集団はよく見かけるので、あまり気にすることもなく、スリッパをぺたぺたとならしながら入室した。

小銭を入れて、今日はどれにしようかと、明るく点滅するショーケースを上から下までじっくり眺めていると、顔の後ろから伸びてきた筋肉質な腕が、上から2段目の缶コーヒーのボタンをまっすぐ押し込んだ。ピッという電子音とともに、ガコンと重量感のある落下音が足音から響く。


「遅ぇんだよ」



頭上から降ってきた無愛想で、少し低く落ち着いた声には聞き覚えがある。振り返ると案の定、思ったよりも近い位置でここ最近見慣れたクールイケメンのご尊顔がこちらを見下ろしていた。
腰をかがめて取り出し口からコーヒーを取り出す様子を黙って眺めていると、なんか文句あんのかと言われた。理不尽だ。



「こんな時間にコーヒー?」

「コーヒーで寝られなくなるのはお子ちゃまだけだよ」


それはどうだろうか。いや、でも確かにコーヒーを飲んでもベッドに入れば普通に寝られそうな気もする。試したことはないけど。案外その通りなのかもしれない。うーんと首を傾げていると、くくと小さな笑い声が聞こえた。

「んな真剣に考えることでもねーだろ」


それより早く決めろと顎先で前方を指し示した松田くんは、ジャージのポケットから小銭を取り出すと、何枚かを自動販売機に投入した。
もう一回しっかり悩んだ末にミックスジュースに口をつけることになったわたしは、なぜか松田くんにありがとうと礼を言うこととなった。理不尽だ。



「あれー?陣平ちゃんの帰りがやけに遅いと思ったら、名字ちゃんじゃん」


「萩原くん!もしかしてあっちにいるのって萩原くんたちだったの?」

「そうだよ。名字ちゃんもおいでよ。みんな喜ぶよ」

おいでおいでと手招きをされて、誘われるがままに萩原くんの隣に並ぶ。松田くんはさっさと前を歩いて行った。


「陣平ちゃんにいじめられなかった?」

前を行く背中を指して、萩原くんが意地悪そうに微笑む。

「うん。ミックスジュース買ってくれた」

「まじ?」

「あの缶コーヒーはわたしのお金だけど」

「え?なんで?」

「さあ。わかんない」

行儀悪くもミックスジュースを飲みながら歩いていると、松田くんが席に戻ったことでこちらに顔を向けた諸伏くんとパチリと目が合った。大きな目だな。こぼれそう。



「名字さんじゃん!」

「こんばんは〜」

「陣平ちゃんにいじめられてたから連れてきちゃったー」

「いじめてねーよ」

「今ちょうどみんなの恋バナしてたところなんだよ!名字さんも入って入って」

「え!恋バナ!?」

こんなイケメンズたちも普通の男子高校生みたいに恋バナとかするんだ!ていうか、そんなところに女子のわたしが入って大丈夫?とかいって断る気なんてさらさらないけど!
恋バナと聞いて、目を輝かせ嬉々として集団に混じったわたしに、やっぱり女の子だね〜と萩原くんのにやにやした視線を受けた。イケメンの恋バナに食いつかない女子はいないと思います。


「さっきまで萩原の女子のタイプ話してたんだけど、こいつ女の子はみんなかわいいとか言うから話が進まないんだよ」

「あー、萩原くんってそういうタイプだよね」

「え?名字ちゃん、それどういう意味?」

「お前は軟派なクソ野郎だってよ」

「ぶははは!」

「いいね!名字さんもっと言ってやれ!」

「いや、今言ってるのは松田くんだから」

「名字ちゃん、違うよね!?そんなこと思ってないよね??」


萩原くん必死でかわいい。松田くんはにやにやと意地悪げな口元を隠そうともしないし、この中で1番のモテ男である萩原くんが女子に扱き下ろされる図というのが楽しいらしい、誰もフォローするつもりはないようだ。


「俺別に軟派とかじゃなくて、本当にみんなのことかわいいって思ってるだけだから!」

「ガチの軟派じゃねぇか」

「確かに」

「名字ちゃん〜!」


萩原くんをいじめるのはちょっと楽しいけど、本当に困ったような顔で名前を呼ぶので、これ以上はやめておこう。ふふ、と笑って、冗談だよと伝える。



「萩原くんは優しい人だから、みんなに平等に気を遣いすぎて、本当に大事な人が誰なのか自分でも分からなくなっちゃいそうだよね」


「・・・おお」

「名字・・・」

「名字さん・・・」

「ん?」

さっきまで萩原くんをからかって楽しそうにしていた全員の目がこちらを向いて、驚いたような顔をしている。松田くんもへぇと小さくこぼしたっきり、缶コーヒーをあおるのみ。萩原くんに至っては表情やら動きが固まっただけで一言も発さない。・・・誰もコメントなし?



「えーっと・・・あくまでわたしのイメージなんだけど・・・・・・なんかごめん」

「いや、・・・別に」


固まったままの萩原くんをのぞき込むと、萩原くんにしては珍しく歯切れの悪い言葉だけが返される。困って回りを見渡せば、諸伏くんがにっこりと微笑んでくれた。

「自分でも思ってもいなかった無意識の意識を占い師にずばり当てられて困惑、ってところかな」

「占い師ってわたし?」

「そうそう。名字さん、占い師向いてるよ。それかカウンセラー」

「わたし警察官になりに来てるんだけどな」

「確かに!」

ぶははは!という諸伏くんの明るい笑い声に、周りにも同調したように笑いが広まり、萩原くんもふぅと息を吐き出した。


「俺ばっかだと不公平だから、他のヤツも占ってもらえよ」

「だから占い師じゃないって」

「あ、じゃあ松田は?どんな感じ?」

「えー、本当にただのわたしのイメージだよ?」

「うんうん」


「面食い」


「っあははは!最高!めっちゃ当たってるじゃんなぁ陣平ちゃん!」

「俺の占い雑すぎるだろ」


どうやら本当に面食いらしい。まぁこれだけイケメン揃いなんだから、みんな女の子なんてよりどりみどりだと思う。容姿を選択基準に入れたところで批難する人もいまい。


「あと、付き合ったら彼女のことすごく大事にしてくれそう」

「なるほど、名字さんの占いは飴と鞭なのか」

「松田くんに大事にされてみたいっていうただのわたしの願望かも」


「「「 え? 」」」






「・・・・・・・・・・・・・・あ」


やらかした、と思ってももう遅い。爆弾投下とはこのことだ。
あれだけ友人から口酸っぱく注意をされているというのに、ふとしたときにチャック全開になるこのゆるゆるな口をどうにかしたい。いや、むしろゆるゆるなのは脳の方なのかもしれない。思わず頭を抱える。



「失言しました・・・」

「え!どういうこと!?名字さんって、そうなの?」

「そう、が何か分からないけど、たぶん違います」

「何でいきなり敬語!?」



松田くんは呆れ顔、降谷くんもたぶんあれはちょっと馬鹿だなって思ってる顔、伊達くんは首を傾げてるし、萩原くんはおかしてく仕方がないという風に普段の3割増しでにこにこ笑っている。

「ヒロ、名字さんは考えなしに発言するところがあるんだ。深い意味はないよ」

「あれ、降谷くんってこんな辛辣だっけ・・・?」

「ほんと面白いよね、名字ちゃんって」

「名字は素直なんだな」

「伊達くんに癒やされる・・・」



その後も消灯時間まで占いごっこは続き、萩原くんの元カノの人数とか諸伏くんの初恋の子の名前なんか知るかい!と力を使い果たして部屋に戻ったわたしは、その夜、懐かしい夢を見た。




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