「イルミさん、お待たせしました!」
「うん。結構待った」
「す、すみません・・・」
もうすぐで午前10時になろうかというよく晴れたある土曜日。待ち合わせ場所の駅前で周囲の視線を集めている長身の男性の姿を認め、慌てて駆け寄った。
「冗談だよ。名前がどんな格好してくるのか考えてたら結構楽しかったよ」
「そ、そうでしたか。・・・そういえば、いつもファミレスだから制服ばっかりでしたね」
「あれも似合ってるけど、今日のもかわいいね」
「っえ・・・!」
「じゃぁ行こっか」
不意打ちをくらって、照れればいいのかお礼を言えばいいのか、はたまたわたしもイルミさんを遠目に見つけて実はかっこいいと思ったことを言えばいいのか、てんぱる頭で思考停止していると、置いていくよと少し先でいつもの無表情が言った。
「わ〜!魚がいっぱいいるー!」
「まぁ、水族館だしね」
「無感動なこと言ってないで、まずは熱帯魚のコーナーから行きましょう!」
「慌てなくていいから、転ばないでよ」
ファミレスの常連であるイルミさんとそこの店員でしかないわたしが、休日の昼間に2人で一体全体何をしているのかというと、何を隠そう、巷で有名なあれである。所謂、恋仲に発展するかしないかを見定める、初デートというやつだ。
いつものように突然なされたイルミさんの提案を、ヒソカさんに押し切られる形で実現されたデートは、わたしの行きたいところということで、水族館になった。
「あ、見てください!ハリセンボン!」
ぷかぷかと浮かぶように泳いでいるハリセンボンが、小さなひれを動かしてつぶらな瞳をこちらに向ける。
「かわいいですねぇ」
「これが?」
「口が開きっぱなしになってるとことかかわいくないですか?」
「間抜け面であほっぽい」
「ふふ、確かに」
最初はイルミさんと2人で外で会うなんて想像もできなくて、どんなことを話せばいいのかデートが決まってからずっと悩んでいたけど、イルミさんは意外とよく話すし、わたしがあっちへこっちへしてもイライラした様子を見せないし(笑顔もないけど)、思った以上に和やかに時は過ぎていく。
「膨らまないかなぁ・・・」
「膨らむの?」
「驚くと膨らんで、針だらけになるんですよ」
「へぇ・・・」
「え?・・・あ!だめですよ!」
水槽を仕切るアクリル板の近くまで寄ってきていた1匹のハリセンボンの目の前に手を掲げたイルミさんが、そのまま水槽をこつこつとノックしたのを、慌てて止めに入った。
「イルミさん。水槽たたいちゃだめです」
「でも見たいんでしょ?」
「見たいですけど・・・・」
「わかった」
「だから、たたいちゃだめですって!」
「たたかないよ」
触るだけ、と言ったイルミさんは、爪先まできれいに整えられた長くて細い指先をそっとアクリル板に触れさせた。その一瞬後、水槽にいたハリセンボンたちが、一斉にぶわっと針を飛び出させた。
「え・・・!」
「うわぁ!見てお母さん!ハリセンボンが全部膨らんだ!」
突然ぽんぽんに膨らんだハリセンボンが、左右にバランスを崩しながら水槽の中でぶつかっては離れ、揺らめいている。
「な、何したんですか?イルミさん」
「別に。たいしたことはしてないよ」
「で、でも・・・」
「それより、見たかったんでしょ?これ。確かに、膨らんだらちょっとかわいいね」
「・・・・はい」
そう言って水槽を眺めるイルミさんの目尻がほんの少し下がったような気がするから、せっかく膨らんだハリセンボンよりも、イルミさんの横顔から目が離せなかった。
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