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「一緒に住もうよ」

そう彼が言ったのがきっかけで郊外のマンションに引っ越した。


籍を入れたのはもうだいぶ前。
その割には、式も新婚旅行もまだ。キスシーンも際どい濡れ場も今まで通りやってる。結婚して変わったことは特にない。
指輪でさえ、お互いまだ人目のつくところではつけられないでいる。

部屋を探してくれたのは彼の事務所。
内見だけは無理を言って2人で行った。

相変わらず仕事は忙しい。
家を空けることも多い。来週だってカレンダーに赤い文字で「大阪公演」と矢印がひっぱってある。

それぞれのもとの部屋から持ち寄ったちぐはぐな家具が、まだ1つになりきれない2人を映しているようで。

それでも帰る場所があることが何よりも嬉しかった。


ひろきくんの部屋から持ってきた白いふかふかのラグは私のお気に入り。
コーヒーをこぼしてちょっとシミになってるところも好き。
仕事から帰ってきてそのままごろりと寝っ転がる。

なに一つ不幸は感じないけれど、結婚しても、ずーっと年を取ってもこのままなのかな。わたしたちの天秤はいつも仕事に、自分の方ばかりに傾いたままなのかなって。この部屋に1人でいると、ときどきそんなことを考えてしまう。

この部屋だけが私と彼の関係を唯一証明してくれる。


しばらくすると、部屋の電気がついて、「あー、びっくりした」って柔らかい声がして。起き上がると、上から私をのぞき込むひろきくんと目が合う。

「おかえり」

「ただいま」


あのさ。あの日のように、いつも話を切り出すのはひろきくんから。

「1カ月、稽古はまあ少しだけあるかもだけど、お休みもらえそうなんだ」

2人で同じようにラグの上に寝っ転がる。
固い床。広い天井。
時計の秒針の音と冷蔵庫の音だけが聞こえる静かな空間。

「ずっとさ、2人の時間をちゃんと作ってあげられなかったから」


言葉を選ぶひろきくんの横顔をちらりと盗み見る。心臓がドクリと動くのがわかる。


「結婚式して、新婚旅行もしよう。あと、ちゃんと2人で家具も買いに行こう」

「いいの?そんなに」

「したいから、いいの」

ひろきくんは、わたしの手を握って、眉を下げて笑う。

「ねえ、約束しよう。この家では遠慮しないって。」


ここはわたしたちの城。
だれもいない、わたしたちだけの世界。

となりにひろきくんがいる、それだけで十分わたしには贅沢な場所に思えた。