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「感情が足りない」

台本を片手に立ち止まる。そう、ですよね。わかってたけど、改めて指摘されると心臓をプスプスと針で突き刺したような痛みを感じる。
昔から、浅沼さんの見定めるような目が苦手だ。なんでも見透かした上で、わたしを分析して、鋭利に弱点を突いてくる。声のトーンですかね、と問えば、それでカバーする癖がついちゃってるんだよな、と返された。どうやら根本的に足りないようだ。最近うまくいってる方法だと思っていただけに、すっかり気落ちする。やっぱりなんでもお見通しなんだ。

「まあ、高校生のときに比べたらマシっちゃあマシだけど。まだ足りないなあ。感情が演技っぽい。相変わらずおまえの弱点だな。」

根暗とかそういうんじゃないんだけど、日頃から他人に比べて感情が表にでないのは自分でも自覚している。でもわたしも人並みに感じてるのにな。嬉しい、楽しい、悲しい、ムカつく。

「最近は馴染めるように、感じてる5倍くらいのリアクションとるようにしてるんです。演技するときはそのさらに5倍くらい」
「ああ、だから鈴村さんが無理してるって心配してたんだ」
「えーダメでしたか、やっぱり。わりとうまくいってたとおもってたんですけど」
「そのままでいればいいのに。今のおまえは自然だと思うよ。」
「浅沼さんには繕っても無駄だって、もう何度も経験してるんで。でもほかの人って怖いんですよ。高嶺の花だとか気取ってるとか偉そうとか、思われちゃいそうで。だからどうしても繕っちゃう。感情をオーバーに表現するのがなんか癖みたいになってきて普段生きてるのが演技みたい。」

だから線を引いちゃうんでしょう、ばれないように。浅沼さんの言葉に目尻がじわっと熱くなる。

「でもさ。おまえにだって普通にしてられる人、怖くない人、いるでしょ?」
「花江くんと、壮馬くん梅原くん、とかはわりと。」
「変わんないなあ、お前。江口くんはどうなの?江口くん」

浅沼さんから突然でた名前に目を丸くする。え、なんで江口さん?
最近江口さんとでも仕事をしたのだろうか。思い返してみても二人の関係がいまいち繋がらない。当の浅沼さんは、珍しい百面相が見れたぞ、なんてケラケラ笑っている。

「この前秋葉原で一緒にカレー食ってたっしょ、おじさん見たよ。すっげー自然にしてたから珍しいなって思って」

別人かと思った、と浅沼さんはからかってきたけど、言われるほど自然に笑ってたのだろうか。カレー屋で?確かに江口さんとはよくカレーを食べに行くし、面白いしよく喋るから一緒にいて楽しいけど。しかも浅沼さんに気づかないほど?

「あんまりにもお前の目がキラキラしてたからさ、お前が秋田の実家から飛び出してきた頃のことを思い出しちゃったよ」
「懐かしいですね、あのときは若かったなあ」
「今でも若いでしょ、なにいってんの」
「悔しいけど、昔に比べてできないことが増えましたよ。」

しょうがないな、おじさんが夕飯をおごってあげるよ、と浅沼さんが重い腰をあげる。
なにが「おじさん」だ。浅沼さんは今だって、あのころだって、いつだって、わたしの憧れなのに。まだ全然その背に追いつけないなあ、と出口に向かう広い背中を眺める。

「焼肉でいい?いいでしょ?」
「山下くんじゃないんですから!仮にも女の子ですよ!パスタとかパンケーキとか聞いてくださいよ。」
「いーや、おまえが肉を選ぶことくらいこっちはわかってんの。うだうだ言ってないで早くして」

急いで上着を羽織って台本をカバンにしまいこむ。
江口さんとお話ししてるときの自分が想像つかなくてなんだかもやもやと不安がこみ上げてきたけど、浅沼さんの早くしろコールにかき消されてしまった。