■ ■ ■

あの僕、アクロスエンターテイメントの花江夏樹っていうんですけど、隣、いいですか?
あ、はじめまして、大沢事務所の久保です。すみません、どうぞ。

挨拶とか以外、初めて1対1でちゃんとまともに話したのはたしかTARI TARIの顔合わせだった。
その時期の現場やオーディションやワークショップでよく見かけていたから、勝手に親近感が湧いたのもあったと思う。あ、今回もいる、今日はいないのかな、こないだのオーディションどうだったんだろう、この人演技に幅があるんだろうな。当時から外見と演技の上手さから注目を集めていた。なのに、休憩時間はいつも1人で端っこの椅子に座っていた。気づいたら目で追うようになっていた。

「花江さんは、声優、はじめて長いんですか?」
「あっ、いえ。全然。名前がある役、これがはじめてなんです。養成所とかも入ってなくて日々勉強って感じです。」
「養成所、行ってないんですか?」
「はい。お恥ずかしながら」
「     よかった」
「え?」
「わたしも行ってなくて。その、、安心しました。よかった、、、」

本当に安心したんだろう。さっきの読み合わせの時とは比べ物にならないくらい細い声だった。似た境遇のもの同士、というのが僕らの距離をぐっと近づけた。

「わたし、ここに来るためにいろいろ捨ててきちゃったから。そのぶん、頂点にいかなきゃいけないんです。だから頑張っても頑張り足りないんですよね」

お互いがんばりましょうね、そう笑った彼女を今でもよく覚えている。



「花江くんに一回聞いておきたかったんだよね」
「なにをです?」
「久保瑞希のこと、どう思ってんの」

やだなあ、そんなこと。反射的に誤魔化そうとしたけど江口さんはいたって真剣な顔をしていた。

久保瑞希のこと、どう思ってんの

「瑞希ちゃんは、親友ですよ」

友達以上恋人未満。便利な表現だと思う。僕らの関係を言葉にするならまさにこれだ。

「言い訳ですけど、僕らが今以上になることは、ファンにとっても自分自身にとっても、ある意味裏切り行為ですから。」

確かに頑張っている彼女に笑っていてほしいと、幸せになってほしいと何度も願った。彼女が好意を向けてることにも、気づいていた。でもお互い見て見ぬ振りをしたのは、結局自分を守るためでしかない。
お互い一緒に仕事をすればするほど、熱愛だとか公私混同だとか、きっとなにをしてもお互いの足を引っ張り合うことしかできないことに気づいてしまった。

もうだいぶ昔の話だ。

彼女が僕を頼りにしてくれてること、僕に心を開いてくれてること、だれもが成し遂げられるわけじゃないこのポジションという悦に浸っていたのかもしれない。
一方で、壮馬くん、梅ちゃん、江口さんとどんどん彼女は世界を広げていった。僕だけじゃなくなった。安心した。寂しかった。怖かった。悔しかった。
結局僕は、瑞希ちゃんのことを一人の女の子じゃなくて”声優・久保瑞希"だって見てたってことなんじゃないかって。ここで出会った以上、その情熱を知ってしまった以上、そうでしか見れないんじゃないかって。手に取るように彼女のことがよくわかるのは、彼女を隣で一番見てきたからだ。そこにあるのは声優としての共感だ。

彼女を幸せにするのは僕じゃない。

気づいてそう思うのはいたって当然の結果なんじゃないか。すこし気が楽になった気がした。

「瑞希ちゃんの幸せってなんだろうってずっと考えてたんだ。お前との関係もずっとみてきてたし。二人とも、なにを望んでるんだろうって。」
「ずっとこの距離でいることを望んでたんだとおもいますよ」
「恨むなよ、俺がお前のポジションとっても」
「はは、やだなあ。ずっと前から危ないと思ってましたよ。でも江口さんは瑞希ちゃんと仕事してほしくないな」
「お前と違って、俺はもともとただの仕事仲間には思えてないんだよ」
「ある意味、完全な下心宣言ですよね」

江口さんが瑞希ちゃんのことを気にしてるのはずっと知ってた。
今だから言える。

「瑞希ちゃん、案外乙女だからあと一押しじゃないですか?ライバル多そうですし、がんばってください」

唯一無二の親友として、高みの見物といきますか。