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「江口さん、なんでこんなによくしてくれるんですか?」

愛嬌なんてないし、話すのもうまくないし、面白いことひとつもできないのに。
江口さん人気者だからもっと周りにいっぱいいい人いそうなのに。

ふらりふらりと足元が不安定な彼女がくるりと振り返る。

収録終わり、夕飯をご馳走したついでに彼女を家まで送る。頑なに断られたけど、無理矢理タクシーに押し込んだところでようやく折れてくれた。こんなド深夜に女の子、しかも好きな女の子を1人で帰す男がどこにいるんだってんだ。

大通りでタクシーを降りてひんやりとした外を歩く。深夜の住宅街は街灯ひとつの静かなものだった。
最近マネージャーが外歩かせてくれなくて。そうはにかんで縁石の上をバランスをとりながら歩く彼女の一歩斜め後ろをついていく。

「それ、理由いる?」

ふふ、と笑っただけで答えてはくれなかった。

「声優になる前、半同棲するくらいの彼氏がいたんです」

彼女の凛とした声は、まっすぐ前を見ていた。

「でも、声優でやってくって決めた時、今後きっと迷惑かかるんだろうなって、足枷になるんだろうなって。人気商売だから。お互いに、いつまでも無名の役者でいたいわけじゃない。そう思ったら一気に冷めちゃったんです。あんなに大好きだったのに」

花江くんとだってそう。気付いた時には遅かった。

いつも仕事を優先しちゃう。わたしにとっていちばん大事なのは仕事をすること。ここがわたしの居場所。

そういう人間なんです。

「つまらない人間だと思いません?仕事なくなったら何にも残らない。それが怖くて」
「俺は、それが久保瑞希のいいところ。愛されてるところだと思ってるけど?」

知ってる。

それが全部強がりなところも。

ほんとは誰かにそばにいて欲しいくせに、自分はそういう人間だって決めつけて強がってることも。

あの日俺の手を握ったままいった寝言がずっとグルグルと回ってる。

あれがほんとの瑞希ちゃん。

ふわりと宙を泳ぐ左手を握る。

びっくりしたように振り返る彼女の手は冷え切っていた。目尻がうっすら涙に滲んでいた。

「江口さんは、いつもほしい言葉をくれますね」

「瑞希ちゃんは、お酒はいると泣き虫になるからね」

今日は月が綺麗だ