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「小野くんって、なんで瑞希ちゃんのことあんなかわいがってんの」
渡された台本には「ゲスト 久保瑞希さん」の文字。
神谷さんはふと浮かんだ疑問をそのまま投げてきた。
「顔が可愛くて、実力あって、なんて声優いっぱいいるじゃん」
「まあ、そうよね」
「ずっと昔から気になってたんだよね」
当時はまってたゲームが一緒だったからね、と言えば怪訝な表情を浮かべられた。これもこれで、ほんとなんだけどなあ。
「特別なことなんかないですよ。ただ、あの子がちゃんと名前のある役をもらった現場が一緒で情がうつったというか」
「それだけ?」
「そう」
台本を持った手が震えていた。
自分にとっては数ある役のうちのひとつ、しかも他の作品に比べて出番もセリフも少ない、言葉は悪いが、通過点でしかない仕事だと思って現場入りしたら、隣の女の子の手が震えていた。
新人の子とやるのだってもう何度もあるし、よくある光景だとおもってたのに。
なのに、その姿がすごく綺麗にみえた。
自分が恥ずかしくなるような、ガツンと脳天から叩きつけられたような、こっちまで手が震えるような。自分でもなんでかなあと思う。
彼女のまっすぐな声には、「正論」という文字がよく似合った。嫌味のないまっすぐさ。
その声に惚れたんだと、今となってはそう思う
そんな些細なことだ。
収録を終えて、「たくさん勉強になりました」と御礼とともにはにかんでくれた彼女の言葉は決してお世辞なんかじゃないんだろうけど、苦笑いしかできなかった。
そうだ、とカバンを漁った彼女は一粒のチョコレートを差し出してくれた。
あの、すごく疲れた顔してたから。わたしたくさんご迷惑おかけしちゃったし、ささやかなんですけど、よかったら。
そんな彼女に思わず聞いてしまったんだ。
「声優、たのしい?」
「はい。奥が深くて。まだまだいろいろ知りたいし自分も追いつきたいって、思うことがたくさんで。たのしいです」
それまで割と無表情でいることが多かった彼女が眉を下げて笑った。
チョコレートの、絶妙なほろ苦さを今も覚えてる。
「そこでハッとしたんですよ。初心に帰ろうって。だからあの子が前を向いて声優という仕事を誇りに思ってくれることが、僕ができる恩返しだなって。俺を利用して大きくなってほしい。強いていうならそういう気持ちですね。そんな些細なことです。」
ほらあの子、普通にしてると幸薄そうじゃないですか。目に光がないというか、アンニュイというか。
もったいないなっておもって。
神谷さんは「小野くん犯罪っぽい」と冷めた目で見る。
「ほんとにお父さんみたいだね」
「ハハ、甘やかしてくれるおじちゃんでいいよ」