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「奥谷くんじゃないですか」

後ろで今日の段取りを確認していたはずの瑞希が声を上げる。

今日は舞台「剣豪将軍義輝」の上映会と言う名のトークショーと、制作発表。
彼女の手元には物販にでている新作のブロマイド。俺のには見向きもせず、奥谷くんのを手に顔を綻ばせている。

2回共演してるはずだがどちらも絡みなんてほぼなかったよなあ、と朧げな記憶を辿る。そんなに仲よかったっけ?と問えば「あんステの羽風くん役だったんです」と嬉々として答えてくれた。先輩の顔というよりも、ファンの顔そのものだった。

羽風くん。瑞希の口からよくでるキャラクターだってことは知ってる。ちなみに圭くんが声やってるらしい。圭くんがめっちゃ自慢してきたから知ってるけど、別に瑞希は羽風くんが好きなだけで圭くんを好きなわけじゃないと思ってる、断じて。
俺が知ってる中では、彼氏の名前よりもこっちの名前の方がよく聞く。ダントツに多い。むしろこいつの口からまだ惚気らしきものを聞いたことがない。どういうことだ。

「そういえばこの前たまたまマジフォのアニメ観たんですけど、ユニコ出る回で!テルマくんかわいいのにやっぱ身長でかいなあって。あざといですよね。あとエンディングで踊ってて泣きそうになりました」
「親か」

まるでマックの女子高生みたいなノリだ。ただのファン。

「染谷さん、声優仲間には絶対言えない愚痴言っていいですか」
「片足突っ込んでる俺でもいいならどうぞ」

そうだ、と突然神妙な顔をして俺の方を振り返ったので思わず顔を上げる。さっきまでのテンションはどこへ。情緒不安定さがすごい。

グビグビとお茶を飲んでから深呼吸をする瑞希。


「やっぱり無理です」

なにが?と問う前に、ガタンと音を立てて立ち上がる彼女に唖然とする。

「江口さんが他人に愛を囁いてるなんて無理、役だとわかってても無理、でもそれが割り切れない自分が1番無理」

以上です。

そうスッキリした顔で言い切ってから、スタッフさんにここの段取り聞いてきます!と部屋を出て行く。言い逃げ確信犯かよ。

なかなかに声張ってたけど、よかったのだろうか。

「楽しそうでなによりだわ」

入れ違いで入ってきた他の共演者さんが不思議そうな顔をしていた。