■ ■ ■

「瑞希?どーしたの」

深夜0時をとっくに過ぎてから。
2日前から仕事で地方に出かけている瑞希から突然電話がかかってきた。

「江口さん」
「ん?」
「寝不足なんです」

電話の向こうはシンと静まり返っていて。
別に泊まりでの仕事なんてよくあること。長いときは1週間以上家を空けるときだってある。特別なことなんかじゃない。壁に貼ったカレンダーには明日の日付まで矢印を引っ張って瑞希の文字で『泊まり』と書き込まれている。味気ない赤い文字。

「おー?なんだ、まくらが変わると寝れないってやつか」
「ちがうの、寒くて」
「ちゃんと湯船につかって、」

「毎日江口さんが隣にいてくれたから、慣れちゃって、ベッドが広くて寝れないの。江口さんのベッドのほうが何倍も大きいのに、笑えるでしょ」

早口で捲し立てられて拍子抜けする。

「だから、帰ったら、」
「なんでもしてやるよ」
「なんでも?」
「なんでも」
「早く帰るから、そしたら、おかえりっていって」
「あたりまえじゃん」

明日は美味しいケーキを買って帰ろう。めいいっぱい甘やかしてあげよう。
だから安心して、俺のとこに帰ってきて。


おやすみ、そう互いに告げて切れた通話。スマホを握ったまま布団に潜り込む。

1人分あいたベッドはやっぱりすこし寒かった。