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スティッキー・フィンガーズの能力で、扉にジッパーをつける。ジジ、と音をさせて中に入ろうとした瞬間、俺は一瞬身をのけぞらせてしまった。

「なんだ?!この匂いはッ!」

ひどい匂いが俺の嗅覚を刺激する。食べ物、植物、水、そして生き物、すべてが腐った匂い。
鼻が曲がりそうだ、かなりのヤバさに眩暈までしてくる。それでも俺は中に入らざるを得ない。
ポケットからハンカチを取り出して鼻と口両方に覆うように当てる。まだ匂いはするが、幾分かマシになった。所詮気やすめだろうが、それでも直にこの空気を吸うよりはよかった。

家の中はまだ昼だというのに暗い。カーテンを閉めているから当然の事であるが、電気を止められているのだろう、明かりのスイッチらしきものを何度か押しても電球に光がともる様子もない。中の様子をもっと見るため、俺は入る部屋から順にカーテンを開けることにした。

玄関の小窓のカーテンを開ける。日光が入ってきて多少視界が良好になるが、まずそこで驚いたのは木の床全面が腐りかけていることだった。次に目に入った玄関では靴箱らしい小さな穴の上に飾られた花は見事に枯れ、さしたままの茎らしきものも花瓶の水も腐りきっている。
先ほどのひどい匂いはこれか?と思うが、これくらいであれほどの匂いになるはずがない。

玄関から別れる各部屋には扉がついているが、一つだけ無い部屋があるようだ。奥にテーブルが見えることから、キッチンだとわかる。
キッチン・・・なるほど、そこであれば食べものもあるしその匂いが此処に流れてきていてもおかしくはない。気は進まないが、次はキッチンに行くしかないようだ。

案の定ひどい匂いはキッチンからだった。やはり電気が通っていないらしく冷蔵庫の中のものも、テーブルの上に乗せられた籠の中のフルーツなんかもすべて腐っている。最初に嗅いだ生き物の腐った匂いは、穴から入り込んだネズミなんかの死骸だった。うじが体からでかかっているそれは目も当てられないほど気持ち悪く、すぐ目をそらしてしまった。こうなったいいれば、変な人間が隠れて住んでいることもあり得なそうだ。

鍵のかかった部屋以外を見て回ったブチャラティはひとつのことに気がつく。
"最近までここには人がいた"。
確かにあらゆるものが腐っている、しかし中は荒れた様子はない。あくまで勝手に入った動物や、長い間放置していれば腐るには仕方が無いものばかりがあのひどい匂いにつながったと言って十分そうだ。家の中は小綺麗であったし、何より争った痕跡もない。密室殺人なんかはありえなそうだ。…となると、自然と目は残されたひとつの部屋に行く。

「心中…なら有り得るか。」

母子家庭でやりくりするのは相当大変で借金をしてしまい、最終的に首が回らなくなって自殺…。母親だけが死んでも俺たちギャングであれば子供まで巻き込むだろうと恐れた母親が、大切に育ててきたその借金の原因もまとめてこの世から消えるのなんて想像に容易いし、実際ありえなく無い。
ドアノブを掴むと、玄関よりももっと固そうな嫌な音がする。ドアノブの取りつけてある金属部から気のクズがパラ、と少量落ちるところを見ると、この木造のドアも相当腐っているらしい。金属部もよく見れば錆び付いている。しかし玄関とは違ってかなり傷んでいるところから、多少の力技で開けることはできそうだった。
首吊りか薬か、最悪銃器か。これから待っているであろう人間の腐乱死体に具えて、ハンカチで尚強く口元を抑える。少し息苦しい。
ドアノブをひねり、グッと力を入れる。ギシギシと音を立てながらも隙間ができていく。あと少しで入れるか、と思いスティッキー・フィンガーズも出して一気に開けようとした。

その時。

「う、」

微かの声が扉の向こうから聞こえた。瞬時に押していた力を逆にして扉を閉め、代わりに扉にジッパーをつける。
人がいるようだ。聞こえたのは一人分の声だったが、娘か母親か。はたまた二人生きているのか。
ジッパーを下げて部屋の中をうかがう。きちんと整えられたベッド、相変わらず絞められたカーテン、そして次に彼の眼の中に入ったのは、扉の前に倒れる少女の姿だった。