麗らか、とは断言しにくい雪中の休日。
外観は昔ながらの暖炉、実態は電力によって稼働する現代技術家電のヒーターによって、ぽかぽかと暖まったリビングで紅茶とお菓子を摘みゲームに没頭していた。
そんな何にも用事のない、自由な休日の一幕を切り落とすコールが騒ぐ。


「もしも」
『Aлло、ユメコ! この前のゲームに飽きちゃってね。これから新しいゲームを貸してくれないかな。今日は休みだから構わないだろう? それじゃあ待ってるよ〜』
「し……ヴィクトォォル!?」


こちらの返答を聴く間もなく、電話の切断音が耳元で余韻を残しやがった。
手元で中断画面にすることも出来ず続行されていたゲームは、主人公らしきキャラが色気あるイケメンな敵キャラに倒され、ゲームオーバーの文字を表示していた。






「ヴィークートールぅぅ……」
「いらっしゃーい。こんな芳しくない寒空の中ご苦労さま〜!」
「お前が来い言うたやんけェ!」


嫌味にしか聞こえないヴィクトルの出迎えに、思わず静電気でバチバチ弾ける髪も構わず、モコモコの帽子を憤懣のまま床に叩き落した。
その勢いに玩具と認識したのか、彼の愛犬が飛びつき帽子を咥えてどこかに駆け去ってしまう。
「あ、ちょっと」と、荒い息を落ち着かせる間もなく、その子を追い掛けようとした私に、陰が覆い被さる。


「わぐッ」
「うんうん、急いで来てくれたみたいだもんな。ほっぺたが真っ赤で、でも冷え切ってる」
「ひえっ?! 待って、タンマ! ここ心の準備が」
「挨拶なのに、まだ慣れないのかい。ほら……耳も冷たいから、温めないと、ね?」


すらりと細長くもしっかりとした彼の腕が背後に回され、腰を引き寄せられてしまう。
呼吸の熱が感じられるほど、ぐっと縮まった距離感のまま、羞恥に悶える間もなく片頬へリップ音が落とされた。
ぞわぞわと背筋を奔る違和感に、肌が粟立ち冷や汗が止まらない。
そんな私の様子を、無駄に色気を醸す流し目で見遣ったヴィクトルは、長い睫毛を伏して悪戯っ子のように微笑。
耳たぶを労る素振りを見せながら指先で弄り、熱い吐息を吹き掛けた。


「ぎゃーーッ」
「……っぷ、アハハ! すっごい顔!」
「ひ、人をからかうのもほどほどにしなさい! お母さん、そんな子に育てた覚えはないわよ?!」
「オレのматьは寧ろ大歓迎だったぞ」
「遺伝か、ちくしょう!」


全力で慌てふためく私の顔を見て吹き出し、腹を抱えるほど大笑するヴィクトル。
自分から嗾けといてなんと失礼な!
身体間を離され、すかさず抗議を呈するが、いまだ混乱してる口からは何だかずれた言葉が飛び出すだけだった。

人を驚かすことが好きなお茶目さん――なんて可愛い形容詞では収まらない、とんでもない破天荒野郎――は、ことある毎に私を揶揄ってはリアクションを愉しんでる節がある、確実に。
そうでなければ、ただの一般人……ここロシアでは少々珍しい日本人でしかない私に、フィギュア界の超有名人が構ってくる理由が見当たらない。
一応、友人とも思われてると、私が思いたい。


「もうっ、ほらゲーム。以前貸したゲームは返して……と言うか、飽きるの早くない? ちょっと前貸したばかりなのに、もうクリアでもしたの」
「数時間程度進めてみたところで終わってるかな」
「早いよ! ゲーム会社が泣くわ」
「うん、でも飽きちゃったからね。さあ、入って、オレと一緒に遊ぼう」


腕を引かれグイグイと部屋の中へと誘われる。
すぐ飽きるくせして、私に次を次をと催促するヴィクトルを怪訝に思わないでもない。
その実、ゲームはそこまで好きじゃないのではないだろうか。
だけど会う度に、揶揄われることも多いとは言え、喜色満面の笑顔を浮かべるヴィクトルに、追及の口は噤むばかりだ。


2016.10.20


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