人生で一生分聞いた質問は、『貴方は女性が――同性が好きなの?』という好奇と懐疑。
女性のままではいたくない、たった一言の願いはどうしてか性的指向に繋げられることが多い。
私の想いを汲みとってくれる身内や友人に恵まれる一方で、心ない偏見の目で見られることも少なくない現実に、少しばかり辟易としていた。

荒んで腐りかけた心を、ある一時の映像が甚く揺るがせた。
性差問わずその演技は、華麗な嫋やかさで、しかし見る者を圧倒させる荒々しい靭やかな魅せ方も併せ持つ。
氷上の美は、私を惹きつけて離さず、何時しか「この舞台で私も、“自分”の美を表したい」と狂気にも似た熱意を抱かせ続けた。


「ユメコ! 久し振りだね、きみに会えない日々は寂しかったよ」
「こんにちは、ヴィクトル。美しきレジェンドにそう囁かれるなんて、身に余り過ぎてこの想いを滑り表したいよ」
「相変わらずのスケートばかっぷり、嬉しいな」


ハートを撃ち抜かれそうなウィンクをくれたヴィクトルは、リップサービスだとしても嬉しい言葉で迎えてくれる。
ロシアが生んだ美しきトリックスターと会える時間に、心が狂喜で震え、今にもこの想いを表現したくて堪らない。
そんな私に呆れるでもなく、彼はこれまた快い笑顔を深めて、温かなハグで受け止めてくれるのだ。

ヴィクトルの抱擁は自由奔放な性質からは少し想像し辛い、力強く情熱的で執拗にも思えるほど長い。
親しき同朋と想われてるのだろうか。
ならば嬉しいけれど、少しだけ息苦しい。
応対とギブの意味を籠めて彼の背を軽く叩けば、一瞬より力を籠められた後、名残惜しげに解放してくれる。
ヴィクトルの人懐っこいスキンシップも含めて、彼は愛されているのだろうな。
熱いハグを受けている第三者を見かけたことはないが、傍から見ればどのような感じなのか少し見てみたい気もする。

抱擁の手が、腕を伝い落ちて私の手を包む。
扇情的な動作すら私の目には華麗なダンスのように見え、鼓動が激しいステップを刻みたがる。
こちらの興奮を汲んだらしいヴィクトルは、愉快だと言いたげに口角を上げ、挑戦的な眼差しで見下ろした。


「オレが今きみの前に居るというのに、ダンスを一緒に踊ってはくれないんだね?」
「氷上の舞台でなら喜んで。なんならヴィクトルへの抑え切れないパトスを踊って、求愛して見せようか」
「ははっ! 美しいものへの愛執は、求愛と言えるのかい?」
「返さなくてもいいよ、貴方が美しく在ってくれるなら」


我ながら満面の笑みで返した言葉に、ヴィクトルは何故だか切なげな苦笑を浮かべるだけだった。
嗚呼、哀愁を帯びた姿すら美しいなんて、陶然たる心地で溜息が落ちる。

男性らしくだとか、女性らしさだとか、煩わしい。
性差すら超越する美を、ひたすらに――狂気だと暗喩されるほど求めて、遂にはヴィクトルと出会えた。
私もいずれ彼のように……いいや、それ以上の美を表したい。
我々の間に性差など関係ない、極寒のなか繋がり合う掌の温度は同じ熱を孕んでいる。


(そうだろう? 美しき私の――、)


2016.10.20


− 2 −


prevreturnnext


ALICE+