様々な飲食店が軒を連ねる道を歩くだけで、食欲がそそられる。
熱々の小龍包から香る肉の旨味、鼻孔をツーンっと刺激する酸辣湯の酸っぱ辛い匂いは癖になりそう。
コーチとホテルで食事をした後にも関わらず、本場の中華料理を前にグルメな日本人は胃腸が元気である。

夕飯時で忙しなく蒸籠でなにかを蒸している汗だくのチャイナオジサマと視線が合い、『どうだい、うちの点心食べていきなよ!』とセールスキャッチされる。
一つ蓋を開け、濃厚な蒸気が視界いっぱいに広がっていく。
蒸気が晴れた先には、蒸したての包子がつやつやと輝いていた。


「わぁ〜美味しそう……でもこれ以上食べてしまうと……うーん、迷う」
「もう、夢子ちゃんダメだってば」
「光虹くん」


食欲を擽るのが上手いオジサマに押されていた私を、見かねたらしい光虹くんが眉をちょっと釣り上げて止めた。
『何時の間にかはぐれてて心配したんだから』と、口をへの字に引き締めて、背中に添えられた手で進行方向へと押し戻されていく。

ああ、私の包子……! グランプリ終了したら迎えに行きます……!
物凄く後ろ髪を引かれていたけれど、普段は柔和な光虹くんが厳しい表情を浮かべて、店先で留まった為に逸れた自業自得の私を心配してくれたのだから、反省しないと。
中国都市部といえども、女性一人身での安全が保障されるわけではない。


「食欲に負けそうでした、ごめんね」
「せめて僕も引き留めてよ。一瞬焦っちゃった」
「お店を見るのに夢中で。ああ、お腹空いちゃう〜……」
「明日のSP楽しみにしてるんだから、食べ過ぎはダメ。夢子ちゃんのコーチに言っちゃうよ?」
「それだけはご勘弁ください! うぅ……」
「もう、食いしん坊」


明るいネオンで照らされた鮮やかな店飾りに、チラチラと視線が誘われる私を見て、光虹くんが呆れた様子で眉尻を下げる。
だけれど、そんな食欲旺盛な私を存知してもいるのだろう。
呻いて耐え忍んでいたら、苦笑しながら揶揄の言葉を投げてきた。

「だって、」と往生際悪く言い訳しかけた口火が、腹部よりキュウ〜ッと奏でられる高音によって鎮火完了。
まさかの事態に、今度は顔から火が出そうなくらい首から上が熱くなり、あわあわと混乱で両腕が右往左往ふええしてしまう。
光虹くんは垂れ目をぱちくりと真ん丸にさせたかと思えば、再び眉尻が下がり困惑の色を浮かべて、寒さで赤くなった頬を指で軽く引っ掻いた。


「そんなにお腹空いてるのかぁ……」
「うぅ、さっきの忘れて。すっっごく、恥ずかしい」
「ピチット君がいたら、恥ずかしがってる夢子ちゃんも撮ってアップしてたね」
「いやぁあっ。いつしかの悪夢思い出すから、ほんとそういうの勘弁してぇ……!」
「……撮っちゃっていい?」
「光虹くん?! あなたまでそんなっ!」
「冗談だよ〜」
「ううぅ、いじわるッ」


私を揶揄って、楽しそうに笑う光虹くんの口端から白煙が零れる。
年甲斐もなく子供のように頬を膨らまし、すっかり機嫌を拗ねらせた私に、彼は軽く謝りながら優しく手首を掴んで何処かへと誘導していく。


「煎餅を奢るから、機嫌直して」
「……食べてもいいの?」
「これくらいなら軽食だし……あ、でも二つ以上食べたらダメだな」
「そんなに食いしん坊じゃありませんー!」


『ええー本当ー?』と軽口を叩いてくる光虹くんの肩を何回か強めに突っつけば、笑い混じりのギブを上げていた。


2016.11.17
仲良しな選手たちを見ると胸がほっこり。


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