悴む手を摩ったり息を吹き掛けて温めていた私に、光虹くんが手袋を貸してくれた。
一度断ったものの、半ば強制的に嵌められた手袋は彼の体温で温かく、ぬくもりを求める欲望に負けてしまい少しだけ貸してもらう。


「特別な、手袋を、あなたにあーげる。あったかいんだからぁ〜」
「その歌なに?」
「ちょっと前に日本で流行ったCMソング。
 光虹くん、指先赤くなってるけど本当に寒くない? ちょっと手貸して」
「大丈夫だって。夢子ちゃんは心配性だなぁ」
「あなたに言われたくないんだからぁ〜。ほら摩ったら温かくなってきた」
「静電気が痛い」
「なにおう」


光虹くんの指先を両手で摩りながら軽口の応酬を交わす姿を、煎餅屋台のおじさんが生暖かい目で見つめていたことは後々とある写真で知ることとなる。

時折にぎにぎしたり血行促進に熱を入れていたら、不意に軽くデコピンを食らう。
一瞬呆気にとられるも、加害者の李光虹氏がちょいちょいと指差す先、出来上がった煎餅を手に苦笑いするおじさんに気付き、ハッと慌てて煎餅を受け取った。

今のやりとりを見られ、しかも待たせて困らせてしまった。
ああ恥ずかしいっ……変な噂とか流されませんように!
中国本土において期待の金星である光虹くんのメンツを私が傷付けてしまったら、罪悪感で彼の前を滑れない。
私たちは仲良きことは美しき哉なお友達です中国の皆さんよろしくお願い致します、グァンホン…ウォ…パンヤオ……。
人差し指をそっと差し出したが彼は察してくれず、無念。


「無言で百面相とか夢子ちゃんは変人で面白いね」
「褒められてるようでまったく褒められてない気がする」
「ところで、さっきなんで僕を指差したんだ?」
「忘れてください」
「お腹が空き過ぎて奇行を……? もう一枚奢るよ……?」
「真面目に心配されると心がつらい! というか食いしん坊キャラにするのやめてー!」
「じゃあ一枚でいい?」
「…………ちょっと、お腹と相談をさせてください……」
「夢子ちゃんのそういうところ、好きだよ。……面白くて!」
「うぬぬぬ…っ。ほら、光虹くんの分も出来てるよ」


呵呵と可笑しそうに肩を震わせながら煎餅を受け取る光虹くんにちょっと片頬を膨らませたが、冷たい風に晒されて出来たての温かさが失われかねない煎餅をようやく味わえる喜びに、機嫌がころっと裏返る。
どっぷり更けた夜空に満点の星々を散りばめられそうな目の輝きようだったと、私の視線を真正面から受け止めた彼は後に語った。


「さあ食べよう!」
「先に食べててもよかったのに。冷めてない?」
「奢って貰えたんだから私だけお先頂いちゃうなんて出来ないよ。それに、光虹くんと一緒に食べたかったんだ」
「そっかー」


食欲がわくわくさんになって気を取られている所為で、深く考えず心のまま喋っていると、軽く返してた光虹くんがふと数拍黙り込む。
そして『ん…っ?!』と咽込むような低い悲鳴を上げ、私を二度見……いや五度見くらいしてくるので、思わず目を丸くしてしまう。


「……夢子ちゃんって、たまにすごーく、恥ずかしい」
「なんで?! えっ、顔逸らすほどデスカ?! ちょ、光虹くんっ! ぐぁんほーん、ぷりぃずるっくみー!」


片手で口を覆い、苦しげに唸り込むような苦々しい呟きをこちらに零して、そっぽを向いてしまう光虹くん。
私のなにが悪かったのか分からず、マフラーを軽く引っ張り注意を惹こうとも彼は黙り込んだままだ。

なにか仕出かしてしまった?
私はただ光虹くんと一緒に煎餅を食べたい一心だったのに、どうしてこうなった。
これが異文化ギャップなのか? 引き籠り気味島国一市民にはつらい壁だぜ!
というか煎餅冷めちゃうから早よ食べよう光虹さんや!

結局一分ちょいの間、光虹くんの真っ赤に染まった耳を見続けた。
やっぱり寒かったのだろう、温かい料理を食べて一刻も早く耳の縁まで温かくするべきである。


2016.12.01
光虹くんとまだイチャイチャしてやがるぜ!話が一向に進まないぜ!


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