◎第拾捌話


「なぁ、俺達もう名前に会えねぇのかな……。」

平助がポツリと呟く。
名前が新選組を離隊して一ヶ月が経とうとしていた。
しかし月ヶ峰家に動きはまだ無い。

お前は今、何をしているんだ……

「副長!月ヶ峰家の情報を掴みました!」

山崎が広間に飛び込んで来た。
そこにいた全員の顔がぱっと明るくなる。

「よくやった!話せ!」
「はい。
月ヶ峰は今、本家ではなく分家の屋敷にいます。
そこで外国との貿易で手に入れた武器などを幕府や長州、薩摩など幅広く売っては利益をあげているようです。
元々本家もそのような仕事をしていたみたいですが……。
唯一の本家の血を継ぐ苗字君もおそらくその屋敷に幽閉されているでしょう。」

これだけの情報が揃っていれば、

「…………よし、月ヶ峰に乗り込むぞ。
お前ら準備しろ!」

幹部達は明るく返事をし、各自準備をするために広間を出ていった。

「なぁ、土方さん、」

部屋を出る前に呼びかけると土方さんは俺の言いたい事は分かっているらしく、続きを言う前に口を開いた。

「抵抗するようなら殺せ。」

あぁ、やっぱ土方さんはそう言うよな……。

「……あぁ、分かった。」
「ただし、名前は重要参考人だ。
事情聴取の為に出来るだけ生きて連れて帰ってこい。
知ってる事全部吐かせてやる。」

そう言ってにやっと笑った。

「……あぁ!」

やっぱり土方さんには敵わねぇや。
夜、俺達は月ヶ峰邸の周りを囲んで機会を窺っていた。
そして月が雲で隠れ夜の闇がおとずれたとき、

「よし、行くぞ!」

月ヶ峰邸に侵入した。

「新選組、御用改めである!
屋敷の中を改めてさせてもらうぞ!」

土方さんが声を張り上げ先陣を切ると屋敷の中から鬼が溢れ出てきた。

「……お前は名前を探せ。」

俺の横を通り過ぎるときに囁いた。
それに無言で頷き、真っ直ぐ突き進んで行く中を一人角を折れて隊を離れる。

「…………名前。」

闇雲に中を進んでいても自分の位置がよく分からない。
一旦外に出よう。
大事にされてんなら名前は屋敷の奥にいるだろう。
数枚の障子を開け放つと綺麗に手入れされた日本庭園が見えた。

「貴方達はここから帰れませんよ。」

庭に出た瞬間、上から声が聞こえてきた。
見上げると屋根の上にこの間名前を連れてきた分家の主と、

「名前!!」

動きやすいように改造したのか、露出度の高い着物を着た名前が立っていた。

「貴方達はここで私達月ヶ峰に滅ぼされるのです。
いくら人斬り集団と呼ばれようと斬っている相手は人間。
鬼に遠く及ばない!行け名前!」

そう叫ぶが早いか名前が屋根から飛び降り俺に刀を構え向かってくる。

「っ!
……名前どうしたんだよ!俺だ原田左之助だ!
分からないのか!?」

こんな近距離で叫んでいるのに名前の反応はまるでない。
真っ赤な眼も虚ろで俺を見ていない。

「叫んでも無駄ですよ。
名前は薬で催眠をかけてますから今彼女に自分の意思はありません。」
「お前は名前が本家の血を継ぐ唯一の生き残りだから拐ったんじゃねぇのか!?」

名前と鍔競合いながらそう言うと主は鼻で笑った。

「こんな中途半端な血なんてなんの価値も無い。
名前の価値は暗殺者としての能力だけですよ。
それが無ければこんな小娘わざわざ危険を冒して敵方から奪ったりしません。」

くそっ、なんて外道なんだ…。

「所詮彼女は暗殺者。
一生私の人形として殺し続けるのです!」
「名前の価値はそれだけじゃねぇよ!!!」

俺は堪らず叫んだ。
その時少しだけ名前の力が緩んだ気がした。

「確かにお前の言う通り、こいつは暗殺者で人を大勢殺してきた。
でもそれは俺だって同じだ!
人間それだけで価値が決まるわけじゃねぇんだよ!」

今度は主ではなく名前を見て話しかける。

「なぁ名前、一緒に帰ろうぜ。
みんなお前を助ける為にここに来たし、屯所では千鶴が待ってる。
みんなお前の帰りを待ってる。」

明らかに力が緩んでいる名前の手から刀を取り、脇に投げる。
そして呆然と空虚を眺めたまま動かない名前を優しく抱き締めた。

「帰ろう。」

もう一度そう言って顎にそっと手を当て口付ける。
その瞬間手に温かい物が伝った。
そっと離れると名前の頬には一筋の涙が流れていた。
眼には光が戻っている。

「何故だ!?あの薬は強力で解けることはないはず!!」
「さぁな。
これが愛の力、ってやつなんじゃね?
なぁ名前?」

名前は状況が飲み込めていないのかぼーっとしている。

「……原田、さん?」
「あぁ新選組十番隊組長原田左之助だ。」
「ほんとに、原田さん?」
「本物だよ。
なんなら抱き着いて確かめてくれてもいいんだぜ?」

そう言って手を広げるとなんの躊躇いもなく名前は飛び込んできた。
冗談のつもりで言ったのにまさか本当に来るとは思わなかった…。

「原田さん、原田さん……!」

名前はぎゅっと俺の存在を確かめるように強く抱き締める。
その必死な姿が可愛くて思わず抱き締め返す。

「そろそろおいとまするか。
周りもいつの間にか静かになってるしあいつらがやってくれたんだろ。
そこで打ちひしがれてるおっさんはしょっぴいていろいろ吐かせてやるか。」

腕を解いて名前手を取る。

「さぁ、帰るぞ。」
「……はい!」

玄関まで行くとみんなが集まっていた。
見た限り大きなけがもなく大事はないようだ。

「左之さんおっそいよ!
俺早く帰って風呂に入りたいんだから急いでよ!」
「あ、名前ちゃんちゃんと連れてきたんですね。
流石左之さん。」
「無事で何よりだ。」
「まさか俺達をほって逢い引きなんかしようとしてんじゃねぇだろうな!」
「新八、お前は馬鹿か。
なんでこんなときにそんな疚しいこと考えるんだよ。」

ぎゃーぎゃー騒ぐ新八を殴ると後ろで名前がくすくすと笑ったがハッとして門に凭れ掛かった土方さんを見た。

「あの……」
「俺達は悪徳商人を捕まえに来ただけだ。
そこにたまたま、お前がいたから連れて帰る、それだけだ。
謝られる道理はねぇよ。」

そう言うと土方さんは歩き出した。

「もー土方さん照れちゃってー。
そこは謝るところじゃないでしょ?
もっと相応しい言葉があるじゃない、ね。」

総司が土方さんをバシバシ叩きながらにこりと笑う。

「……ありがとうございます。」
「うん。お帰り、名前ちゃん。」
「お帰り名前!
また一緒に試合やろうぜ!」
「いやー華が欠けると屯所も寂しくてな。
帰ってきてくれてよかったぜ!」
「明日からは隊務に戻ってもらうぞ。
腕は鈍っていないだろうな。」

名前に一言言いながら次々と土方さんの後について屯所に帰ってきていく。

「お帰り、名前。
帰ろうぜ、俺達の屯所に。」

手を引くと名前泣きながら笑った。

「ただいま!」



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